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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第3章 参
―浴槽の隣に寝台を作れ。
 そう命ぜられた時、棟梁は眼をしばたたいた。
 相手の言葉の意味を計りかねたのだ。
―と、仰せになられますと?
―女一人が横たわれるほどの寝台を浴槽と同じ材質の檜(ひのき)で作るのだ。
 その時、棟梁は開いた口が塞がらなかった。
 好色な殿さまはこの湯殿で妾と戯れ合うことまで想定して、このような物を作れと命じたに相違ない。
―石澤さまが今度、妾を住まわせるための別邸をご本宅のある同じ敷地内に新たにお建てになったそうな。
 いつしか、そんな噂が真しやかに巷で囁かれるようになったのは、そのときからのことである。
 もっとも、興味本位の噂も嘉門が一向に肝心の妾を迎えようとしないせいで、ほどなく立ち消えになってしまったが。
 この棟梁は後に知ることになる。その時、離れを建てることに乗り気だったのは嘉門もさることながら、嘉門の母祥月院であったことを。時の老中という権力者を兄に持つ祥月院は親藩大名の姫君という高貴な出自を誇り、誰よりも一人息子の再婚には熱心であった。
 嘉門は一度、京の公家の姫君を正室に迎えている。むろん、これも母祥月院の働きかけがあってこそ実現したものに違いなかったが、権高で取り澄ました姫君は端から江戸の生活に馴染もうとせず、夫婦仲は冷淡なまま江戸に来て六年後に亡くなった。
 以来、嘉門は窮屈な結婚生活には辟易して、祥月院がいくら勧めてみても、妻を娶ろうとしない。このままでは石澤家の血が絶えると案じた祥月院は一計を案じた。妻を迎えるのが厭なのであれば、せめて側室を持つようにと息子に迫ったのだ。
 嘉門はこれにも最初は渋っていたが、しつこく母親に言われ、不承不承、その意を受け容れるに至った。
 ところが、いざ側女を探すと言っても、嘉門の気に入る女が見つからない。祥月院が身許もしっかりした眉目良き若い娘を伝(つ)てを頼って探し出し連れてきても、嘉門は見向きもしなかった。
―母上、私はもう上辺はいくら美しかろうと、心の冷たい、取り澄ました女はご勘弁蒙りまする。
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