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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第3章 参
 そう言って首を横に振るばかりで、話は進まない。祥月院はそれでもめげず、とりあえずはとまだ嘉門が側女を持つ前から、女を住まわせるための離れを建てさせたのだ。つまりは当の嘉門より母の祥月院の方が妾探しに意欲的であったといえよう。
 お民が与えられたのは、そのいわくつきの離れであった。小さいながらもちゃんとした座敷が三つ、納戸が一つ、更に厨房と湯殿までついた一軒家である。三間続きになった小座敷の一室がお民の居室のようで、八畳ほどの部屋の障子戸を開けると、広い庭が見渡せた。
 すぐ手前に紅梅の樹がひっそりと佇んでいるのが見える。可憐な薄紅色の花を一杯につけた樹が二月末の陽光に包まれていた。
 ふいにどこからともなしに鶯の啼き声が聞こえ、お民は弾かれたように面を上げる。啼き声は近くから響いてきているようだ。視線をゆっくりと動かすと、近くの紅梅の樹の枝に深緑色の小さな鳥が止まっていた。
 この鶯があのときと同じ鳥なのかは判らなかったけれど、半月前、和泉橋の近くで耳にしたときよりは、啼き方が上手くなっている。じいっと見つめている中に、ふと鶯と眼が合ったような気がした。黒い瞳をくるくると動かし、鳥は物言いたげに見つめている。
 お民が一歩前に向かって踏み出そうとしたその時、鳥はザッと梅の枝を揺らして飛び立った。その拍子に満開の花がはらはらと薄紅色の花びらを散り零す。
―待って、行かないで。
 お民は心の中で叫んだ。
 このまま自分を一人にしないで欲しい。こんな場所に閉じ込められる自分にとって、時折、気紛れに訪ねてくる小鳥だけが今は友達のような気がしてならなかった。
 そういえば、半月前に鶯の音(ね)を今年初めて聞いた。あの日、三門屋に行き、初めて石澤嘉門に出逢ったのだった。まるで値踏みするように、お民を底冷えのする眼光で射貫くように見つめていた男。
 あのような蛇のような眼をした男の許で本当にこれから過ごしてゆけるのだろうか。源治にも言ったとおり、これからの一年、自分が何をしなければならないのか、何のためにここに連れてこられたのかは覚悟しているつもりだ。
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