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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第3章 参
 こんなに苦しむのであれば、お民をゆかせるのではなかった。お民が嘉門の許に行くと言った時、お民を殺して、自分もすぐに後を追えば良かったのだ。
 今からでも遅くはない。源治は普段はしまっている匕首を取り出してきて、手にした。
 この刃でお民の白いふくよかな胸を刺し貫き、自分もまた、同じ刃で生命を絶つ。最早、この胸の苦しみから逃れるためには、それしかすべはない。
 源治が匕首を手にして立ち上がったその時、源治の手にふわりと誰かの手のひらが重ねられたような錯覚を憶えた。
 やわらかなこの感触は―。
「お民ッ!?」
 源治は慣れ親しんだ女の手の温もりを確かに己れの手の上に感じたのだ。
 刹那、源治の瞼に今朝方、別れたばかりのお民の顔が甦った。今にも泣き出しそうな顔で、それでも最後だから泣くまいと必死で我慢していた―。
 自分を犠牲にしても、石澤という男の無茶な要求を受け入れ、徳平店を守るのだと言っていたお民。
 皆の生活を、徳平店を守るために人柱になったも同然のお民の生命を奪うような資格など、源治にはない。
 今、己れがあの不器用で、優しすぎるほど優しい女にしてやれるたった一つのことは、ここで、あの女がその身を挺してでも守ろうとしたこの徳平店で彼女を待つだけだ。
 一年後、お民が晴れて戻ってきた時、ここで笑顔で出迎えてやること、それがあの女に示せる唯一の真心だろう。
 たとえ、今、源治が匕首を懐に忍ばせて石澤の屋敷に乗り込んだとしても、本懐を遂げるどころか、無礼討ちになるのが関の山といったところだろう。それに、自分の醜い嫉妬―お民が石澤に抱かれていることへの妬心だけで、お民を死出の旅の道連れにするとは、とんだ身勝手な話だ。
 お民だって、今は辛い想いに―惚れてもおらぬ男の慰みものになるという汚辱の想いに耐えているのだ。自分だけが死ぬほどの苦しみや葛藤に苛まれているわけではない。
 待とう、ここであの女の帰りをひたすら待とう。何より、お民と自分は約束したではないか。〝げんまん〟と言って指を差し出してきたときのお民の泣き顔を思い出し、源治は込み上げる涙をこらえた。
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