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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
そう思った刹那、お民の表情が翳った。
「この隅田の花火というのは、江戸の菊作りを生業(なりわい)とする職人が作ったそうだ。ひとめ見ただけでは、なかなか紫陽花には見えぬが、これからの季節、それこそ花の色が花火のごとく七色に変わるというぞ。これをこの部屋に置いてゆこう。せいぜい眺めて、気散じにすると良い」
明るい声音で喋っていた嘉門がふと口をつぐんだ。お民の浮かぬ顔を見て、眉をひそめた。
「いかがした? また、気分でも悪いのか」
お民の眼に涙が滲み、つうっと頬をつたい落ちる。
泣き声も立てずにはらはらと涙を零す女を、嘉門が憮然と眺めた。
「良い加減に致せッ。そなたのよう
に情の強(こわ)い女は見たことがない。
大抵の女は幾度となく膚を合わせ
れば、少しは靡いてくるものだが、
そなたは笑顔一つ見せぬ。全く可
愛げのない女だ」
「申し訳―ござりませぬ」
お民は手のひらで涙をぬぐい、両手をついた。
嘉門の烈しいまなざしがお民を冷たく見下ろす。
「何だ、その眼は。そなたはいつもそうだ、閨の中ではあれほど奔放にふるまいながら、それ以外では俺を冷めた眼で軽蔑しているように見ている。大方、女に腑抜けた愚かな男よと心で嘲笑(あざわら)っておるのであろうが」
吐き捨てるように言うと、嘉門は立ち上がり荒々しく部屋を出ていった。
後に残されたお民は力尽きたように褥の上に倒れ込む。今はまだかすかな緑に色づいた流線型の花びらを涙に濡れた眼で眺めた。
その翌朝、予期せぬ訪問者があった。
昨日の昼下がりに、あれほど不機嫌に帰っていった嘉門であったが、夜になって再び忍んでやってきた。昨夜の嘉門は昼間の鬱憤を晴らすかのようにお民を責め立て、朝になっても果てのない情交は延々と続いた。
折檻のごとき荒淫は、お民の心だけでなく身体をも深く傷つけた。丁度、その訪問者―祥月院が訪ねてきた際も、嘉門はお民の上に重なっていた最中であった。
既に陽は高くなり、昼近くなっている時刻である。先触れもなく祥月院が訪ねてきたからといって、非常識とはいえなかった。
「この隅田の花火というのは、江戸の菊作りを生業(なりわい)とする職人が作ったそうだ。ひとめ見ただけでは、なかなか紫陽花には見えぬが、これからの季節、それこそ花の色が花火のごとく七色に変わるというぞ。これをこの部屋に置いてゆこう。せいぜい眺めて、気散じにすると良い」
明るい声音で喋っていた嘉門がふと口をつぐんだ。お民の浮かぬ顔を見て、眉をひそめた。
「いかがした? また、気分でも悪いのか」
お民の眼に涙が滲み、つうっと頬をつたい落ちる。
泣き声も立てずにはらはらと涙を零す女を、嘉門が憮然と眺めた。
「良い加減に致せッ。そなたのよう
に情の強(こわ)い女は見たことがない。
大抵の女は幾度となく膚を合わせ
れば、少しは靡いてくるものだが、
そなたは笑顔一つ見せぬ。全く可
愛げのない女だ」
「申し訳―ござりませぬ」
お民は手のひらで涙をぬぐい、両手をついた。
嘉門の烈しいまなざしがお民を冷たく見下ろす。
「何だ、その眼は。そなたはいつもそうだ、閨の中ではあれほど奔放にふるまいながら、それ以外では俺を冷めた眼で軽蔑しているように見ている。大方、女に腑抜けた愚かな男よと心で嘲笑(あざわら)っておるのであろうが」
吐き捨てるように言うと、嘉門は立ち上がり荒々しく部屋を出ていった。
後に残されたお民は力尽きたように褥の上に倒れ込む。今はまだかすかな緑に色づいた流線型の花びらを涙に濡れた眼で眺めた。
その翌朝、予期せぬ訪問者があった。
昨日の昼下がりに、あれほど不機嫌に帰っていった嘉門であったが、夜になって再び忍んでやってきた。昨夜の嘉門は昼間の鬱憤を晴らすかのようにお民を責め立て、朝になっても果てのない情交は延々と続いた。
折檻のごとき荒淫は、お民の心だけでなく身体をも深く傷つけた。丁度、その訪問者―祥月院が訪ねてきた際も、嘉門はお民の上に重なっていた最中であった。
既に陽は高くなり、昼近くなっている時刻である。先触れもなく祥月院が訪ねてきたからといって、非常識とはいえなかった。