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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
 源治には口が裂けても言えないことだけれど、お民が気にしているのは何も徳平店や皆のことばかりではない。
 いつでも、どんなときでも、自分に与えられた場所で、そのときの精一杯の力を尽くす。それが信条のお民をもってしても、石澤嘉門に対しては何の力になることもできなかった。
 卑怯な手段を使ってお民を手に入れ、お民の身体を欲しいままにした男だったけれど、お民は、けしてその不幸や破滅を願ったわけではない。
 かといって、源治の言うとおり、これから先、お民のできることは何もない。嘉門をついにお民は愛せなかった。あの淋しい眼をした男に、結局、お民は何の力にもなれなかったし、何をすることもできなかった。もし、仮に、あのままお民があの男の傍に居続けたとしても、嘉門の孤独を癒やすことはできないのだ。
 お民には誰より惚れている良人がいる。お民の居場所は、この男の、源治の傍より他にないのだと、お民は今回のことで厭というほど思い知らされた。自分にとってこの男がこれほどまでに必要な存在なのだとは自分ですら考えてみたこともなかった。
 源治と離れている間中、お民はまるで自分の身体と心をどこか他の場所に―徳平店に置いてきたかのような心許ない気持ちだった。
「終わったことをくよくよ考えるのは止しな。俺たちには明日がある。これからは後ろは振り返らずに前だけ見て歩いてゆこう。たとえ、何があっても、お前はお前だ。俺は、そのままの今のお前が好きなんだ」
 お民はその言葉に小さく哀しい微笑みを洩らして、もう一度溢れ出した涙を拭ってから源治と共に歩き始める。
 歩き始めてすぐ、和泉橋が見えてきた。懐かしい場所、見慣れた風景。橋のほとりに植わった桜の樹が茂った葉を紅く色づかせている。その眼にも鮮やかな色を感慨を込めて見つめていると、源治の声が耳を打った。
「子どものことは聞いたよ。色々と辛い想いをしたな」
 深い声音に、お民は愕いて瞳を上げる。
 ふいに湧いてきた新しい涙に狼狽して、お民は源治の胸に顔を押し当てた。
 優しい手が不器用に髪を撫でてくれる。
「今度こそ、俺の子を生んでくれ。これからは子どもを山ほど作って、皆で賑やかに暮らそうぜ、なっ」
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