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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第5章 伍
長い築地塀が続く人気のない道を一歩ずつ、踏みしめるように歩く。二度と帰ることができないかもしれぬと覚悟して歩いたこの道は、あの男(ひと)へと続いている。角を曲がると、見憶えのあるこのひときわ立派なお屋敷は老中松平越中守さまのお住まいだ。
その前をゆっくりと通り過ぎようとしたその時、向こうから歩いてくる人影を認めた。最初は、しかとは判じ得なかったその人が次第に近付いてくるにつれ、奥底から懐かしさと愛おしさが込み上げてきた。
お民が走り出したのと、源治が走り出したのは、ほぼ時を同じくしていた。
どちらともなく走り出した二人は、もつれ合うようにして抱き合った。
「これは夢なの?」
源治の腕に包まれ、大好きな男の匂いを胸一杯に吸い込みながら、お民は夢見心地で訊いた。
「夢なんかじゃあるものさ」
源治がお民の髪に顔を埋(うず)めて、くぐもった声で呟く。
しばらくそうやって寄り添っていた後、お民は顔を上げて源治と見つめ合った。眩しげにお民を見下ろし、源治が屈託ない笑みを見せる。
「差配さんから、お前が今朝、無事お役目を終えて帰ってくるって聞いてさ。長屋でじっと待ってても、何か落ち着かねえんで、こうして矢も楯もたまらず飛び出してきちまったってわけだよ」
源治の気持ちは嬉しかった。何より、この男も自分を待っていてくれたのだと思えば、泣きたいくらい嬉しい。
だが、その反面、源治の言う〝お役目を終えて〟という言葉が気がかりだった。
「私のしたことは一体、何だったのかしら」
我知らずの中にポツリとひと言呟きが落ちた。
源治がお民の身体に視線を向けて、一瞬、ひどく辛そうな表情を作った。それをすぐに消して、お民の頬に手を触れてくる。
「お前は皆を救ってくれたじゃねえか。お前のお陰で、徳平店は今もちゃんと残ってるぜ。お前は、お前にできるだけのことをやったんだ。それで十分じゃないのか。いや、十分すぎるほどのことをお前はやったんだよ」
「―うん」
濡れた頬を手のひらで拭って、お民は頷く。
その前をゆっくりと通り過ぎようとしたその時、向こうから歩いてくる人影を認めた。最初は、しかとは判じ得なかったその人が次第に近付いてくるにつれ、奥底から懐かしさと愛おしさが込み上げてきた。
お民が走り出したのと、源治が走り出したのは、ほぼ時を同じくしていた。
どちらともなく走り出した二人は、もつれ合うようにして抱き合った。
「これは夢なの?」
源治の腕に包まれ、大好きな男の匂いを胸一杯に吸い込みながら、お民は夢見心地で訊いた。
「夢なんかじゃあるものさ」
源治がお民の髪に顔を埋(うず)めて、くぐもった声で呟く。
しばらくそうやって寄り添っていた後、お民は顔を上げて源治と見つめ合った。眩しげにお民を見下ろし、源治が屈託ない笑みを見せる。
「差配さんから、お前が今朝、無事お役目を終えて帰ってくるって聞いてさ。長屋でじっと待ってても、何か落ち着かねえんで、こうして矢も楯もたまらず飛び出してきちまったってわけだよ」
源治の気持ちは嬉しかった。何より、この男も自分を待っていてくれたのだと思えば、泣きたいくらい嬉しい。
だが、その反面、源治の言う〝お役目を終えて〟という言葉が気がかりだった。
「私のしたことは一体、何だったのかしら」
我知らずの中にポツリとひと言呟きが落ちた。
源治がお民の身体に視線を向けて、一瞬、ひどく辛そうな表情を作った。それをすぐに消して、お民の頬に手を触れてくる。
「お前は皆を救ってくれたじゃねえか。お前のお陰で、徳平店は今もちゃんと残ってるぜ。お前は、お前にできるだけのことをやったんだ。それで十分じゃないのか。いや、十分すぎるほどのことをお前はやったんだよ」
「―うん」
濡れた頬を手のひらで拭って、お民は頷く。