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吼える月
第2章 回想 ~遭逢~
「ハン、お願い。助けて」
「は?」
「ハン、あの子放っておけないの!!」
少女が指さした先にいたのは、路地の片隅にボロ雑巾のように蹲る小さな体。周囲の建物の隙間から漏れる陽光が、少年の濃灰色の髪を白く煌めかせる。
子供だろうが、その体には、虐待を受けたことを物語る……血に塗れた凄惨な裂傷が多くついていた。
少年が飛び出して蹲る少年を抱き起こすと、少年は目を見開き、大仰なほどの恐怖を体現し始めた。ひゅうひゅうとおかしな音が喉から聞こえる。
「声が……出ねぇ? ああ……喉に深い外傷があるな。これが原因なら手当てすれば、声は戻るだろうが……」
ハンは、目を細めて少年の……ちらりと見える背中を見る。
そこにあったのは焼きごてでつけられた烙印。
つまり、倭陵においては重罪人を示すもの。
「ハン。そんなの関係ないでしょう?」
少女が真剣な顔で言った。
「そうだよ、父上。罪人だろうと、目の前で失われていく命を見るのが、誇り高い武神将のすることなのかよ」
少年も真剣だった。
男の一瞬の躊躇を看破して、諫めてきた幼いふたり。
それに苦笑しながら、男は力強く言った。
「……はいはい。じゃ、手分けしよう。サク、お前はこの金で……今ここに書いた薬草と処置道具を買ってこい。姫さんはそこの店で食べ物と、蒸しタオルを貰ってきてくれ。俺はここでとりあえず止血してる。骨も何本かいっちまってるみたいだからその手当もしねぇと。ああ、失血がひどすぎるな、これは応急処置じゃ間に合わねぇ」
ふたりは不安そうな顔を見せる。
「俺を信用しろ。"北の武神将"の名にかけてこいつを元気にさせてやる。だから一刻もはやく、用意してこい」
「了解」
ふたりはすぐさま走り去った。
「……罪人を匿えば、死刑だ。お前を助けたのは、黒陵の姫と、悪を滅ぼす未来の武神将だ。覚えておけよ。純粋な心を持つふたりが、お前を助けるんだ。すべてがすべて、敵じゃねぇ。恨むなよ……この世を」
少年の目尻から、泥にまみれた涙が零れ落ちたことを知らぬふりをして、男は白い牙の耳飾りを取り外して口ずさんだ。
「玄武の血を汲みし武神将、ハン=シェンウの名において、その力……今ここに開放す」
牙を握るその手が……青白く光った。