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吼える月
第2章 回想 ~遭逢~
「悪いことをしているひとなのに!!」
「悪いことを償うのは、こんな形じゃねぇんだよ、姫さん。あの男にはいろんな余罪がある。そこからしょっぴくから大丈夫。考えてみろ、あの金を取られたあの男が、また同じ奴にいいがかりつけてさらに金をふんだくる可能性があるんだぞ?」
「え……」
「姫さんの民を護ろうとする正義感は感心するが、それを正しい方向に使わなけりゃだめだ。頭を使え」
ぱちんと額を指で弾くと、少女は痛いと顔をしかめた。
「この馬鹿息子。お前が姫さんを諭さず、一緒にくっついて行くな。次代"玄武の武神将"となる男なら、急な事態でもなにが姫さんにとっての最善の策なのか即断しろ。……帰ったら、大剣の素振り千回」
「えええええ!?」
「ほら、もう帰るぞ。父上殿も母上殿も待っていらっしゃる。……って、コラ。俺の言うことを聞いていたか、チビどもめ!!」
目を離すとすぐにどこかに行こうとするふたり。
ハンが黒陵の武神将となってから、その力の源とする玄武を祀る黒陵の主……北の祠官に仕えてもう十年は経つ。
慣れ親しんだ間柄ゆえに、祠官の好意で、本来黒陵の中枢たる祠官の家族に近づけぬはずの自分の息子が、三歳年下の祠官の娘の遊び相手となって何年か。
おかげでいたずら好きな、やんちゃな兄妹のように育ってしまい、それを追いかけては捕まえるハンの仕事が増えてしまった。
ふたりはハンの仕事を見て、見よう見真似で"悪いひと"を捕まえる正義感に燃えているらしい。
その心は称賛されども、正義心ゆえに偏って成長してしまうことを、ハンは恐れていた。
正義も一歩間違えれば、ただの暴虐の理由付けにしかならなくなる。
そうした自分勝手な輩の変貌を、ハンは嫌というほど見て来たのだ。