この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第26章 接近

「元から、結界繋ぎにも…いや、会議すら乗り気じゃなかったということか?」
「左様。予言は"運命"。それを人の身で覆すことは出来ぬ。
その予言が現実に起こるなら、蒼陵もいずれ滅ぶことは明白だ。その恐れは、4国の祠官なら誰もがもっていただろう。ただ口に出さぬだけで。私に会いに来た者が、リュカだろうがスンユだろうが…、言葉となって私の耳に届いたことが、私には神託に思えたのだ。蒼陵はまもなく滅びると」
言葉を切り、息を整えながら再びサクを見た。
「滅亡が運命ならば、蒼陵の民全員が生き残る術を見つけるよりも、多少の犠牲をもってしても、誰かが生き残れる方法を見つける方が、確実に国は残る。全滅にならないよう、被害を最小限で食い止める……、彼らの死は名誉ある死なのだ」
犠牲を出したことを悔いる様子を見せずに、それが正しい方法だと言い切る祠官に、サクは苛ついた。
「それは詭弁だ。死ぬことが名誉なものか!! 名誉とは、生きていてこそ与えられるものだろう!!」
サクは今まで犠牲になった色々な者達を思い出す。
警備兵、そして副隊長のシュウ。
ユウナの父。
ハン。
残る多くを、自分を助けてくれようとした黒崙の民を全員、餓鬼の蔓延る国に見捨てて自分は逃げたのだ。
多くを犠牲にして得られた"生"が嬉しいとは思わない。だがユウナの生のために自分は生きている。そう、誰かを想う心がなければ、たとえ身体は生きているとしても心が死んでしまう。……生ける屍、餓鬼と同じく。
その強き想いを託すために、自ら死して想いを虚無に還してしまうことが、褒められるべきこととは、サクには思えなかった。生きたくても生けなかった人間を思えばこそ。
そしてその方法が絶賛されるべき方法ではないことを、祠官もジウもわかっている。それが正しき道だったのだと自身に言い聞かせても、ひとの命を軽んじた凶行的な策には変らないのだ。
残念に思えるのは、それ以外の策を考えられなかったことだ。
「……だからか。非道な策だと自覚しているから、親父の知恵を借りようと助けを求めつつも、今していることを知ったら反対されると思って、話し合いの場につくために手枷なんぞ……」
その手枷ひとつにしても、人間の命が入っているのだ――。

