この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第26章 接近
有無を言わせぬユウナの迫真の芝居が、尋常では無いことが現実に起きていることを周囲に知らしめる。
それは恐怖と緊張感を周りにもたらしたが、それゆえにユウナから出る言葉を軽く流そうというものはなかった。
「出でよ、我の守護下、海原へと!!」
砦に響き渡るように大きな声で言い放つのは爽快ではあったけれど、特に大人達の不審な視線を体中に感じて、ユウナはその実、気絶したいほどに内心狼狽していた。
ユウナは幼少のころから姫と崇められていたために、多くに称賛されることに慣れていても、貶(けな)されることには慣れていない。
黒崙で銀髪を見せた時のように、大切な者を護るためならどんな罵倒も受ける覚悟はあるが、全面的な信用はなくとも、顔を突き合わせて同じ苦難を乗り越え、多少なりとも親しみ覚えた者達から、ここまでの胡乱げな眼差しを受ける耐久性はついていなかった。
しかも誰もの眼力が強く、その視線の鋭さがユウナの心に放たれた沢山の矢のようで、今にもその衝撃に倒れそうになる。
だがイタチの言う通りに上を向き続けたおかげで、その攻撃の直撃を免れてかろうじて致命傷とはなっていないが、目を上に固定し続けるせいで自ずと開く口からの呼吸で、全身の疲労感が半端なく、気を抜いたら魂が抜けて出そうだ。
どう転んでも、ユウナの気力が成り立たせる、凄絶な狂芸である。
"姫、頑張るのだ。神獣の依代がいなければ、我の存在をあのスンユだとかいう者に悟られる。あの者の正体をまだ見定められぬゆえ、我の力で皆のものを守るために、姫は普通ではならぬのだ。我と皆を守るために、姫、役に勤しむのだ"
ユウナにこんなことをさせているのは意味があるものなのだと、イタチは説明しながら、意識を遠ざからせようとするユウナを励ます。
イタチがその力を発揮させれば、耳飾りを媒介に繋がっているユウナとの意識とも、サクのように繋げることが出来る。
だがそうしてしまえば、なにか神獣に敵意を持ち、正体不明な力を持つスンユに悟られてしまうゆえに、ぎりぎりまで襟巻きに模して、その力の一切を遮断していたのだ。