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吼える月
第26章 接近
その力のほとんどをサクに注いでいる最中での異常事態。
人間を守ること使命とする神獣が、人間を見殺しには出来なかった。
だからこそユウナにひと芝居打って貰い、ユウナを通して人間達を守ろうとしているイタチは、玄武の名前にさらに胡散臭いような眼差しを強く送られたのが、実はショックだった。
イタチが傷ついていることを感じ取ったユウナは、イタチのためにも頑張ろうと奮起する。
"わかったわ、イタ公ちゃん。あたし頑張る! たとえこの芝居が終わって、皆から変な目で見られようとも、あたしはイタ公ちゃんやサクがいるんだから大丈夫!! こんなところお父様やハンが見ていたら、泣くか笑うかされそうだけれど、あたし強くなると決めたの!!"
ユウナの志す強さが、彼女が望んでいない方向に流れそうなのを、イタチは感じ取りつつも、
"頑張るのだ! 我も襟巻きの妙技、頑張るゆえに!"
"ええ、お互い頑張りましょう! 強くなりましょうね!"
互いに励まし合いながら、イタチは思う。
自分が武神将に認めたのは、馬鹿ではったりが得意な男。
その武神将が主と認めたのは、芝居も出来ない純粋な姫。
予定外に、既契約者を体内に留めた…未知数のサクという面白い男と契約することになり、それにより持てるすべての力が己の身体にないという異常事態にいたゆえ、黒陵を見捨てた形にはなれども、その代わりに、このふたりを守ろうと思っていた。
それが前代武神将との約束だとも思っていた。
飄々としているくせに、神獣に対しては真摯な態度で接した武神将。
盟約ゆえにひとの歴史には介入出来ぬ身なれども、前代武神将のその信仰心にはなにか応えたかった。それが、いち契約者にすぎぬサクに、今までにない特殊な関わり方をしながら、サクに救いの手を差し伸べていた一因でもある。
既に親のような心が生じているとは、イタチ自身気づいていない。ただ放っておけないのだ。前代の武神将に比べれば、あまりに不出来すぎて。
人選を間違えたかと思いつつも、互いを必要としている気取らない純朴なふたりがなにか愉快で、ついつい声をたてて笑ってしまう。
"いっいっいっ"
それも指示だと思うユウナも同じように笑う。
「いっいっいっ」
……ざざっと、周りが遠ざかった。