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吼える月
第26章 接近
満潮が近いこの時刻――。
鈍色の空は陽光を遮り、強く冷たい風に海は荒れていた。
船上から、いつでもきらきらと煌めく青色を見せていた海は、遠くから順に澱んだ黒色に染まり、こちらに不純な穢れを伝えようとしていた。
その黒こそが、忌まわしき餓鬼の群れ。
海の色が変わって見える程に、夥(おびただ)しい数の餓鬼が海に投じられているのだ。
だが幸いなことに、風が反対側に吹いており、荒く押し寄せる波はこちらに向かっていない。そのために高波は、餓鬼達の障壁となって、こちらに行き着くことを困難にしていた。
だがみっしりと大量の餓鬼がいるせいで、さほどの退きにはならず、波に揺らされるだけの停滞のように見せながらも、確実に少しずつ、こちらに近づいていた。
そしてその向こう側には、餓鬼が逃げることを許さぬといったように、砲筒をこちらに向けた多くの大きな艦船が、壁のように包囲している。
それらがすべて、玄武の紋章を刻んでいるという。
勝手に玄武の紋章を、理不尽な攻撃の正当性に使用されていることに、酷い憤りを感じながら、ユウナは黒に埋まりつつある海を見下ろした。
「さあ、玄武さんよ。お手並み拝見としよう」
シバが、皮肉気な笑いを見せた。
ひとつに束ねた長い青色の髪が風に靡き、高波のようにうねりを見せる。
昏い空に旅立つ鳥が見えた。
嵐の危険を感じ取って、避難しているのだろうか。
シバの青さが、この景色の中で唯一の絶対的な青。
黒に澱むように感じないのは、一切の穢れを弾くように思えるほどに、シバの双眸からの力が強いからだ。