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吼える月
第26章 接近
"イルヒの言う通りよ、イタ公ちゃん。皆が水になるなんて無茶だわ"
"我は外観を水に変えろと言っているわけではない。さあ、皆に伝えよ"
「その心で、自らを水だと想起せよ。その心の強さにより、我汝らを……敵より隠す水とさせん」
「心で思えってこと!?」
代表して尋ねるイルヒの問いに、ユウナはイタチにせっつかれるようにして頷いた。
「なにおかしなことを言い出す……」
声と共に、それは一瞬。
「玄武の力で皆を守れ」
シバの持つ二対の青龍刀のうちのひとつの刃先が、ユウナに突きつけられたのは。正しくは、ユウナの首元にぶら下がるイタチに向けて。
「出来ぬとは言わせない。姫をいいように使い、子供達を迷走させるな」
それは殺気。
間違いなく、それはイタチに向けられている。
"やれやれ。この男は、我らの芝居を見抜いているようだ。まあよい、シバに伝えよ"
「その刃先は、餓鬼を司るものに向けよ。そこまで信用がないというのなら、今我は姫とともに、餓鬼の寄るこの海原を歩いて見せよう。見せ……えええ、イタ公ちゃん、それは無理よ、絶対に!!」
「お嬢? それとも玄武?」
周囲が騒ぎ出す。
"きゃあ、どうしよう"
"ああ、もうこうなれば姫、芝居をやめよ。はあ、これは力を食うから控えておったが、こうも疑心の目を向けられては、イタチの……いや玄武の威信に関わる。姫、我を首から離して持ち上げ、ぎゅっとせよ"
"ぎゅっ……? って、こう?"
ユウナが首から離した、でろんと長く伸びる白イタチを両手で持ち上げ、言われるがままにその胸に抱きしめた。
"……小僧には黙っておれよ。よし、こんなものでいいだろう。さあ、離すのだ"
そして。
「我は玄武。これより我、イタチの姿となり皆を導く。これで異論はあるまいな!?」
それは艶やかなひとの声として、耳に響いてきたために、慌ててユウナは伸ばされたままのイタチを見る。
イタチは、愛らしい黒い瞳をくりくりと動かしてユウナを見て――。
「いっいっいっ」
怒って牙を剥き出しにしたようなその奇怪な笑いを、正面から初めて見たユウナは、ぴしりと石のように固まった。