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吼える月
第26章 接近


 
 ◇◇◇


 ユウナの身体が海に向けて傾いた瞬間、イルヒの身体は動いていた。


「お嬢――っ!!」


 海に飛び込む危険を既にイルヒは体感している。それゆえにユウナの身体が傾いた時に働いた危機的な直感に、素早く身体を反応させて走り寄ったイルヒは、小さな手を懸命に外に伸ばしてユウナの手を掴もうとする。

 今度こそは自分がユウナを助けるんだ……、その強い思いを込めた手は、なぜかユウナの手をすり抜けて、虚しく空を掴む。イルヒは悲痛な声を上げた。

 ここには、あの船での時のように、危険を顧みずに黒陵の姫を助けにくる武神将はいない。猿のような騒がしさを持つ、強いサクはいない。

 あの奇妙で弱々しいイタチが、黒陵の神獣であるものか。自分は騙されないと思えばこそ、イルヒはユウナの手を掴めなかったことに絶望的な気分になる。


 ユウナが海に飲み込まれていく――。


 見兼ねてイルヒが海に飛び込もうとした時、


「どけ、イルヒ!!」


 前傾したイルヒの腹に、素早く添えた手を跳ね上げ、イルヒを後方に飛ばしたのはシバ。


「ギル、子供達を頼む」

「お、おいシバ……」


 ギルの動揺の声を聴かずして、シバは青龍刀を背に背負いながら、ユウナを追いかけるように海に飛び込んだ。


 青龍刀の重みの分、落下速度が速い。

 ユウナに追いつきそうなほどの速度だった。


「シバ、戻って来い!! そのままだと餓鬼に……っ」


 そして――。


 シバの手がユウナの手に触れそうに見えた瞬間、その場に居るすべての視界を遮るように、薄い水色が視界いっぱいに拡がった。
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