この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第26章 接近
◇◇◇
「お嬢!!」
イルヒの声を聴きながら、心で謝りつつ落下したユウナは、目を瞑った。
イルヒの顔を見てしまったら、きっと動揺してしまうから。
今のあたしは、水。
滞ってはならない――。
「ユウナ――っ!!」
予想していなかった声が近づいているのを知り、ユウナは瞑っていた目を開けた。
見ると凄まじい早さで、上からシバが落ちてくる。
海のような煌めく青い髪を、まるで海面をさざめかす細波のように散らしながら。
「どうしたの、シバ!? 落っこちてしまったの?」
魚の呪いかしら、などぼんやりと思ってしまったユウナに、怒ったような声が飛ぶ。
「……お前なあっ!! ここには、あの男は、サクはいないんだぞ!!」
シバが手を伸ばしてユウナの手を取ろうとする。
いつも余裕たっぷりなシバの表情を崩せるのはサクだけだと、そう思っていただけに、怒られながらも嬉しい反面、なんだかその必死さがおかしくて、ユウナはくすくすと笑ってしまった。
「なにがおかしい!?」
さらに激高するシバ。
シバは元々、感情豊かなのだろうと、ユウナは思った。
「手を、寄越せ!!」
シバの手がユウナの手を掴んだ……と思った瞬間ユウナの手がシバの手の中から消え、そのままユウナは落ち続ける。シバの端正の顔が険しくなり、再びユウナを捕まえようと手を伸ばす。
「助けに来てくれたの?」
落下を追いかけていることを喜んでいるように、ユウナの声が華やいだ。
冷ややかにも見えるその美しい顔が、ユウナの言葉を受けて、珍妙なものを見るようなものへと不愉快そうに歪み、そして吐き捨てるように叫ぶ。
「玄武の武神将と約束した。だからオレは……あいつに代わってお前を守らないといけない。死なせるわけにはいかない――っ」
ユウナの手首へと伸ばしたシバの手は、ユウナの感触を掴めぬまま空振りした。この奇妙な現象は、二度目だ。
「だけど無理よ。だってあたし……水だもの」
「なにを馬鹿な……っ、ユウナ、手を……っ」
ユウナが言った。
「シバ。あなたにとって海とは?」