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吼える月
第26章 接近

 海の中なのに宙に浮いて呼吸をし、服はおろか髪も濡れてもなければ、水流に揺れてもいない。

 上を見ると、荒れた海面を示すように激しく揺れてるが、ふたりが居る場所は無風でおだやかで、ほんのりと温かかった。

 まるで死んだ母親の膝枕をしながら、父親の玉遊びの芸を見ていた時のような、陽だまりのような穏やかさがあり、知れずに涙を零す。


「……っ」


 ユウナの目尻にシバの指が動く。


「……言っただろう、オレは誰も泣かせたくない。……それに、泣かせたと分かったら、お前の武神将が怒り狂うだろう。……だからだ」


 乾いたような笑いを見せるシバは、切なそうな眼差しを向けて、ふいと目をそらして小さく呟く。


「……だからなんだ。だから、意味などは……」

「どうしたの、シ……シィィィィィ!?」


 ユウナが突如顔色を変え、指をさしながら叫んだ。
 


「あ、あれ、あれ……っ」




 それはもう何度も目にした――、


「きぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ひとの崩れた生物の泳ぐ姿だった。

 それは一体ではない、何百と。
 
 窪んだ目を見開きながら生者の餌を見つけると、嬉々たる奇声をあげて我武者羅に早い速度で泳いでくる。あちこちから。


「イイイイ、イタ、イタ公ちゃん……」

「案ずるな」

「いや、でも……」

「姫は水だ」

「そ、そうは言っても……」


 ユウナの視界が黒くなった。

 直ぐ傍まで餓鬼がきているのだ。


 そして――

 それらはユウナ達を目がけて襲いかかってきた。
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