この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第26章 接近
海の中なのに宙に浮いて呼吸をし、服はおろか髪も濡れてもなければ、水流に揺れてもいない。
上を見ると、荒れた海面を示すように激しく揺れてるが、ふたりが居る場所は無風でおだやかで、ほんのりと温かかった。
まるで死んだ母親の膝枕をしながら、父親の玉遊びの芸を見ていた時のような、陽だまりのような穏やかさがあり、知れずに涙を零す。
「……っ」
ユウナの目尻にシバの指が動く。
「……言っただろう、オレは誰も泣かせたくない。……それに、泣かせたと分かったら、お前の武神将が怒り狂うだろう。……だからだ」
乾いたような笑いを見せるシバは、切なそうな眼差しを向けて、ふいと目をそらして小さく呟く。
「……だからなんだ。だから、意味などは……」
「どうしたの、シ……シィィィィィ!?」
ユウナが突如顔色を変え、指をさしながら叫んだ。
「あ、あれ、あれ……っ」
それはもう何度も目にした――、
「きぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ひとの崩れた生物の泳ぐ姿だった。
それは一体ではない、何百と。
窪んだ目を見開きながら生者の餌を見つけると、嬉々たる奇声をあげて我武者羅に早い速度で泳いでくる。あちこちから。
「イイイイ、イタ、イタ公ちゃん……」
「案ずるな」
「いや、でも……」
「姫は水だ」
「そ、そうは言っても……」
ユウナの視界が黒くなった。
直ぐ傍まで餓鬼がきているのだ。
そして――
それらはユウナ達を目がけて襲いかかってきた。