この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第6章 変幻
馬を走らせれば半刻もしないで行ける揺籃だが、人の足では思った以上に時間がかかる。しかも小雨で道がぬかるみ、足がとられる。
「……っ!?」
その途中でサクは道の様相から、これ以上進むのを断念した方がいいと悟った。
大木が……道が、岩が。
囓られている痕跡がある。
あまりにも不自然すぎる、欠損具合。
これが人為的だとしたら、思い浮かべるものはひとつ。
「……餓鬼か」
この先は揺籃だ。
揺籃が餓鬼の来襲を受けたかどうかの事実判定は、ここではできないが……餓鬼がいる可能性が高い場所に赴くのは愚行だ。
なによりサクの本能が告げた。
揺籃に行かない方がいいと。
……揺籃は、きっと消滅している。
黒陵が誇る都は。
ユウナが大好きだった街は。
リュカと出会ったあの街は。
シュウが生まれ育った故郷は。
祠官が住む屋敷ごと……消え去ったのだ。
まるで、泡沫の夢のように――。
「……ここからなら、黒崙が一番近いな」
少し遠回りにはなるが、西に向かえばサクの住まう街……黒崙(こくろん)に着ける。
揺籃ほどの大きさはない寂れた街だが、サクが生まれ育った街だ。
早くユウナを温かな場所で休ませたい。
暖かな湯に浸からせたい――。
ひとときでも、彼女に安楽な夢を見させたかった。
もしかして父も、帰宅しているかもしれないと淡い期待を抱きながら、餓鬼が黒崙に向かっていないことを祈り、サクは進路を変更した。