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吼える月
第6章 変幻
黒崙――。
幸運にも追手もなく。
今日は凶々しい夜ということで、どの家も窓を止めて戸板で封じ、外から明かりが漏れることはなく、寂れた街の風景を露呈していた。
特に街の中に近衛兵が待機しているわけでもなく、ほっとしながら雨の夜道を歩き続けるサクは、ずぶ濡れになりながら、南側に大きく構えた屋敷……サクの生家に向かう。
軒先では、篝火を焚いた衛士がふたり立っていた。
「――サク様!?」
「おう、今帰った。入るぞ」
体についた雨滴を飛ばすかのようにぶるぶると何度か頭を横に振った後、いつもの通り足音をたてて慣れた我が家に入る。
その物音で飛び起きたらしい下人達や、母であるサラも夜着姿で現れた。
艶やかな腰まである黒髪。十代の少女かと見紛うほどの瑞々しい肌をした、清楚な顔をした小柄の女性だ。
だが怒れば、最強の武神将ですら顔を青ざめて縮こまるほどの般若顔をさらす……それがサクの母親である。
「ハン……ではなく、サク? 今日は泊まりじゃなかったの?」
どうやら主人の帰宅と間違ったらしい。
サラは顎で促し、下人達を下がらせた。
「予定変更。風呂入る」
「それはいいけど……あんたが抱えているのはなに?」
サクは、母親を背に既にすたすたと廊を歩き出しながら、振り返りもせず平然と言った。
「ああ、姫様だ」
「そう。姫様ね……」
そして長い沈黙。
「姫様ですって!?」