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吼える月
第29章 変現
場に拡がるのは、呪詛を鎮めるサクの口誦(こうしょう)。
その表情と共に抑揚のない声音は、この行為は愛による営みではないということを体現しているかのように、上擦った呼吸ひとつなされない。
それは、見事すぎる自制心だった。
サクの唇が下に落ち……そして動きを止める。
熱と痛みで意識がぼんやりとしているユウナは気づかない。
サクの視線の先にある……リュカがつけた赤い華の痕を。
そしてそれを見たサクが、悲痛な顔をして……太腿にさらに強く爪をたてていたことを。
唇を戦慄かせて、苦しげに目を閉じたサク。
眉間には煩悶の象徴のように、深い縦皺がくっきりと刻まれている。
鎮呪を続行出来る精神状態ではなくなったサクは、乱れる気を整えるために、一時中断を余儀なくされた。
サクの頭の中に、ユウナの声が響いている。
――それは……っ、そのリュカに……されそうになったけど、されてないわ。
込み上げる激情を必死に押し殺す。
"されてない"認識で、この痕か、と。
「……っ」
長年、リュカに対して抱き続けてきた妬心が、爆発しそうになるのをぐっと堪える。
あの赤き月が出現した日、リュカが、ユウナを抱くと自分に宣言した……あの日の、あの苦痛に比べればまだましだと。
リュカとの婚儀を楽しみにしていたユウナ。
リュカがくると嬉しそうな"女"の顔をしていたユウナ。
残酷なほどに、自分の想いに気づかず、他の男のことを楽しげに話していたユウナ。
そのユウナが、婚儀の前に抱きたいというリュカの申し入れを聞き入れたのを知った時、自分の胸が哀絶に引き裂かれそうになったことを、サクはありありと思い出す。
いっそ、胸が裂かれて、抑えようとしても膨らみ続ける想いが、すべて零れ落ちてしまえれば楽だと思ったあの時――。
実際は、報われない…切なる恋心は、胸の中でさらに大きさを増すばかりだった。