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吼える月
第29章 変現
 
 
 浮島の残骸を見たが、そこにはリュカは居なかった。

 だが、ゲイとの戦いで皆がこちらに集中している最中、鳥に吊らされた子供がひとり、一羽の鳥がそこから誰かを乗せて飛んで行くのを見たというのだ。

――早いから、誰だかわからないけど……方向は白陵だと思う…。

 もしもそれがリュカだったのなら、無事だろう。なぜ熊鷹がリュカを救ったのかはわからないが。


 ゲイの本体はまだ生きている。

 そしてその本体の力の大きさによって、蒼陵の鍵を奪う攻撃は早く始まる。


 なぜリュカが、誰も知らないはずの海底都市の存在を知っていたのか、それはわからない。ゲイすら知らないその街を、リュカは知っていてゲイには知らなかったということが、リュカが心から悪に染まっていない証のように思えた。
 

 リュカの意図しているものがなにかはわからないが、リュカがしてきたことは許されるものではない。

 それでも、リュカの根幹は変わっていないはずなのだ。違っていたら、自分やユウナが早々に気づけたはずなのだ。

 そう思えばこそ、ゲイの気をそらせるために必要だっただけの"凌辱"の演技に、印をつけたことが釈然としない。


 だがこうも考えられるのだ。


 その印は、演技ではなかったのではと。

 なにかリュカにとっての意味があったのではと。


 もしかして……。


 それは"男"としての勘だった。



「サク……?」


 不意にユウナが、動きを止めたままのサクを訝しむ声を出した。


「すみません、ちょっと……鎮呪をするための気を整えていまして。……姫様……、船でリュカに、俺のこと……なにか話しました……?」
 

 ユウナは、とろりとした黒い瞳で答えた。


「ん……」

「俺と姫様のこと……誤解してませんでした?」

「ん……」


 誤解と言わねばならぬ身が口惜しいが、ユウナの気怠げな返事で、サクの思っていたことは、正しいだろうと確信した。

 リュカに憎悪に勝るユウナへの愛があったとしたら、ユウナが持ち帰った赤い華は、自分に見せつける挑発ではないかとサクは思ったのだ。
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