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吼える月
第29章 変現
 

――その牙は、身も心も捧げた忠誠の印。それをお前にさせるということは、お前は、鎮静のためではなく、最後まであいつに抱かれたの?


 いつも、体を繋げて抱かれていたのは――、


――心まで抱かれたのか、サクに。


 あたしじゃない。


 これは治療だ。

 …そう、これはただの、慈善治療。


 ソコニハ、フタリトモアイハナイ。


――弱ったお前につけこんで己の欲を満たしたサクを、愛するに相応しい男として意識したのか!?……今さら!



 サクが好き――サクを追いつめるこの心を、



――……僕の恨みを忘れるな、ユウナ。


 
 あたしは、忘れるから。



「ユウナっ、俺の声が聞こえないのか!?」



――苦しめ……ユウナ。



 サクだけは苦しませない!!



 サクヘノオモイヲ、ワスレタクナイケレド、シンジツノアイナラキットオモイダセルカラ。


 ユウナは、自分からなにかがはらはらと剥がれ落ちていくのがわかった。

 重かったそれは、サクへの想いだった。


 様々なサクの顔を映して、消えて行く。

 愛おしいその記憶の欠片が散りゆくそれを、沼から動けないままのユウナは、涙して眺めるしかできなかった。


 気づいたばかりだったサクへの愛情が、消えて行く…喪失感。

 生んだ我が子を失ったような……そんな母の感情にも似ていた。


 それを失うことで――、



「ユウナっ、ユウナ!!」



 身体が軽くなり、呪詛の沼から解放され、浮上する。


 サクへの想いを犠牲にして、意識に戻るのだ。

 守りたいのは、サクへの想いか、サク本人か――。

 天秤にかけさせて選ばせるのが、リュカがかけた呪詛の真意だと、ユウナは悟った。恐らく、ユウナをサクの命を犠牲にはしないとわかった上で、ユウナから恋心を消そうとしたのだ、と。
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