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吼える月
第32章 多難
「あれなにあれ、あれ!!」
まだ興奮状態のテオンが、ユウナの肩を掴もうとして両胸に手を押しあててしまい、ユウナが声を上げる前に、サクがテオンの首根を掴んで引き剥がして、ぽいとテオンを放り捨てた。尻餅をついたテオンは、その痛さで正気に返る。
「あれ……蠍(さそり)?」
ユウナの胸に手を当てたことは記憶に残っていなかったらしい。ただひたすら驚愕の正体を言葉にする。
「サソリってなに?」
ユウナが首を傾げた。
シバを肩を竦め、サクは複雑そうな顔つきで、ぽりぽりと指で頬をかいた。
「緋陵名物の蠍料理っていうのがあるらしいんですが」
「まあ、初めて知ったわ!」
「知らなくてもいい代物です。昔お袋が市場から買った蠍を、そのまんまの形で揚げたのを、皿に山にして出してきたんです。親父はばりばりと固い蠍を食ってましたが、俺は駄目で。……確かに蠍に似てるな、あれ。反り返った尾の先に鋏がついてるの」
「お兄さん……。僕蠍って本の中でしか見たことないけど、あんなに大きいものじゃないと思うよ? それに鋏に毒があるんだよね?」
「そうなんだよ、でかさが違いすぎる。俺に食べさせられた蠍って、掌に載るくらいだ。だがあれが蠍の変種だとしたら、テオンの言う通り、鋏には毒があるらしいからさらに厄介だ」
「え、でもサクのお食事に出たのよね?」
「お袋が料理したのは食用の毒がないものらしく、野生のものは食べるなとよく言われました。誰があんな気持ち悪いもん、拾ってまで食うかっていうんだ」
ぶつぶつとサクは独りごちる。
「あの大きいのが本当に蠍だとしても違っても」
ユウナが途方に暮れたような眼差しで、危険を呼ぶ男……テオンを眺めた。
「この砂漠は危険ということよね」
首に巻いているイタチの身体を撫で、明らかにテオンを食らおうと襲ってきたのを思い出し、ユウナは大きなため息をついた。