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吼える月
第32章 多難
サクは頭をがしがしと掻いて言った。
「……いや、あの蠍は、穴の中にテオンがいるのを見てかなり遠くから走ってきた。あの穴を蠍が引き出せるのなら、なんであんな遠くから? 走ってこなくとも、近くで穴作ればいいと思わねぇか? 知恵なくとも、生物なんだから本能があると思うんだな、俺は」
サクは蠍が遠くから走ってきたのがひっかかっていた。ハンに鍛えられた"生存"するための思考が、なにか違うと訴えている。
「だけどサク。そういう蠍かもよ?」
「それを言われちゃおしまいですが、姫様。テオンが沈もうとしていた穴は、底があったわけじゃねぇんです。テオンはさらに地下へと続く空洞を滑り落ちていた。だよな、テオン?」
「僕、なんだかわからなかったけれど、確かに足元に穴があいてた!」
「だろう? 蠍にとって、折角の獲物を見つけたのに行き着けずに食べれねぇかもしれねぇなら、そんな穴遠くに作らないと思うんですがね? せめて底がある穴にするとか、地上にでねぇで潜ったままでいけばいい」
「まあ、確かにそうよね」
「俺は、あの穴は蠍の作ったもんじゃねぇ気がするんです。蠍はただ、おこぼれをあずかろうとしているだけ。だとしたら、穴について考えられるのはふたつ」
サクは皆を見渡した。
「ひとつは、元から罠のようにあの穴があいていて、その上に砂が積もっている」
ユウナが、首に巻いたイタチを撫でながら首を傾げて言った。
「あたしが見た、テオンが嵌まったとっても大きな穴は、沈んだテオンを真ん中にして、周囲から砂が流れ込むような感じに斜めになっていたわ。断面図で考えると、逆三角形の下の頂点に、テオンが落ちた感じよ? 偶然その罠にテオンが入ってしまったのなら、ああいう形になるかしら。テオン、走っていて足場が柔らかくなったとか、兆候はあったの?」