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吼える月
第32章 多難
ユウナとテオンは絶句した。さすがに鷹も驚いたらしく、大きい声で啼くと、そのラクダらしきものはびくりと身体を震わせ、鼻水をさらに垂らした。
『鳥!? ……そ、それは白虎のところの。朱雀たる我をお、驚かすでない』
驚愕よりも恐怖を体現するラクダは、声はおろか身体までぶるぶると震わせ、失禁までしていた。
たかが鷹に、心底怯えているように思える。
「朱雀!?」
テオンとユウナは声を重ねた。
目の前には、朱雀とは思えない、砂まみれの……よく思って愛嬌ある顔をしている、はな垂れラクダだ。神聖どころか汚らしく思うのが本音だ。
『左様だ。我は朱雀だ、汝らは我を助けにきたのだな』
偉そうな物言いだが、倭陵に伝わる朱雀とは、炎のように赤い鳥だ。
鷹のような、ふたつの翼を持つ鳥なのだ。
鳥を恐れるラクダなど言語道断。
ユウナがサク達を見ると、蠍がいない。
「貴方が蠍を操っていたの!?」
『左様。汝らはなかなか見所がある。この砂漠で我を見つけるとは。だから我は汝らを認めてやったのだ。光栄に思え』
いっしっし、とラクダが歯を見せて笑う。
こんなものが神獣なものかと、テオンはワシに言った。
「あの神獣もどき、ちょっと突いてみてよ」
ぴぇぇぇぇぇ!
『ひぃぃぃぃぃ』
ワシが大きく翼をたてると、猛速度にその鋭いくちばしで、ラクダと思われる頭を突いた。
『ひぃぃぃぃっ、イテテテテ、やめよ。毛が抜ける、我の毛が!』
ラクダの短い足が、かくかくと震えていた。
「こんな時に思うのは、毛のこと!? ますます怪しい。ワシ、もう一回」
ぴぇぇぇぇぇぇ!
『ひぃぃぃぃっ、毛が、イテテテテ、毛が、ひぃぃぃぃっ』
忙しい悲鳴が聞こえる。
「テオン、可哀想だからもう……」
『毛が抜けたら、我は我は……』
ざざっと砂を踏む音が聞こえた。
「追いついた……って、なんだこりゃ!?」
全速力で蠍の出ない砂漠を走ってきたサクは、鼻水を垂らすラクダを見て、思わず身体をのけぞらせた。
「!?」
シバも、さっと警戒距離をとった。