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吼える月
第32章 多難
◇◇◇
砂漠の上に、自称朱雀だという怪しい大きなラクダを取り囲むように、一同は立っている。
万が一、このラクダがおかしな様子を見せたら、熊鷹が動く。主であり友と認めているサクから、即座にラクダを突くように言いつけられているワシは、心得たと言わんばかりに険しい目と鋭いくちばしをラクダに見せて、威嚇していた。
ラクダは苦手らしい熊鷹に、恐縮するように背を丸めて縮こまりながら、後ろ足を曲げて座りこんでいるが、それでも長身のサクより大きい。
山育ちのサクとユウナ、海育ちのシバとテオン……つまり全員は、ラクダというものを見たことがない。その単語が比喩のように出てきたのは、知識人であるテオンが以前に読んだ図鑑に絵入りで紹介されていたからであったが、鼻がやけに大きいこと以外はラクダの特徴を備えた顔ではあるのだが、背中にこぶのようなものが見当たらない。背中はなだらかであった。
「ラクダ、だよなあ……」
テオンが腕組みをして、舐めるような目で観察するのだが、自称朱雀のラクダ自体、しみじみとラクダと言われると、威圧的な声が心に響かせてくる。男なのか女なのかよくわからない声だ。
『ラクダではなく朱雀だ。今の我は、ちょっぴり馬に似ているかもしれぬが』
ちょっぴり、と自信なさそうに形容するのは馬であったが、馬を実際に見ているサクにとっては、こんな駄馬、見たこともない。
「お前、本当に自分の姿わかっているのか?」
『わかっておる。我は馬……』
ぴぇぇぇぇ!
鷹が怒ったように、畳んでいた大きな両翼を広げてバサバサと音をたてて揺らすと、ラクダはびくっとして押し黙り、申し訳なさそうに言う。
『……見ていないのだ、我の姿を。気がついたら、我はこの砂漠におった。たとえ毛が薄い頭であろうと、蹄がある四肢に小さい耳、四つん這いになって歩く様は、きっと馬だと……』
確かになにもない砂漠において、己の姿を確認する術はない。まだ蒼陵のように海でもあれば、海面に顔を映すことができるが。
『……我は馬ではないのか?』
慣れてくれば愛らしくも思える大きな目。ぱちりぱちりと瞬きを見せた。
「こぶなしラクダだね。あの奇妙な、砂漠にいるとされる幻の動物」
テオンが断言すると、ラクダは気の抜けた声を出した。