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吼える月
第33章 出芽
皆の視線を一心に浴びた幼女は、しばし瞬きを繰り返して答えた。
「ユエは、ユエだよ」
「それはどういう意味?」
にじり寄るテオンを、不思議そうにユエは見た。
「だからユエは、ユエなんだってば!」
「そのユエはどちらのユエ?」
「だからあ、ユエはひとつなの! テオンちゃん悪いのはおめめ? それとも頭?」
「う……っ」
平行線の会話の末に詰られたテオンは、何も言い返すことが出来ずに、肩を震わせる。
「テオン。確かにこいつは謎だらけだが、どんな言葉もユエしか理解出来ねぇチビが、そんなご大層なものに思えるか? だとしたらこの木札はあの男女のものか、拾ったものだろうが。男女が帰ってきたら、聞けばいい。な、テオン。話の筋がわからねぇこんなチビに頭悪いと言われたら、かなりくるだろう?」
慰めのつもりだったが、テオンは涙目でサクの手を払う。
勉学だけはきちんとしてきた、自称頭脳派のテオンとしては、こんな小さな子供に取り柄を否定されたことに、矜持を大きく傷つけられた上、仲間意識を芽生えさせたサクの哀れみに、さらに心が抉られたらしい。
「馬鹿なお兄さんと一緒にしないでよ! 僕は、僕は!」
「お前……」
同情を辛辣なもので返されたサクは、孤独感にうなだれる。
「落ち込まないで、サク。大丈夫よ、サクは頭脳が必要ない武闘派だから。きっとこれからも、今までのように頭はいらないわ」
ユウナが輝かしい笑顔でサクの背中に手を添えると、振り返るサクはじとりとした目を向けた。
「……姫様、慰めにもなってませんよ」
「え? だったら……、そうね、サクはかなりのお馬鹿さんだけれど、19年目でほんのちょっぴりと頭がよくなったと思う! おめでとう! さらに19年後にはまた少し頭がよくなっていると思うから、今ではなくて未来に期待しましょう?」
「姫様。まるでさっぱり、嬉しくねぇんですが……」
「え? え?」
いい答えを用意したと思ったユウナは焦る。助けを求めた先に居るテオンは、気の毒そうな顔をし、シバは可哀想なものを見るような目つきをして、緩く頭を横に振っていた。