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吼える月
第33章 出芽
 


 サクなら、平生通り今この間にすっと背後に立っているだろう。

 これから自分の身体がぐいと傾くか、腕を引かれるか。それとも不機嫌そうな声で来いと呼ばれるのだろうか。


 サクになら、ぎゅっと……されてもいい。


 ………。

 ………。

 ………?


 いつもよりゆっくりと考える余裕があることを、妙に思えたユウナが顔を上げると、近くにいると思っていたサクは、ユウナが作った遠い距離のまま、片膝を立てて座っており、ユウナではなく外の方を見ていた。


 その顔は精悍に整った男の顔で、憂えた表情がどこか哀愁を帯びる。

 サクがこうして静かだと、別人のように思えて悲しくなるのだが、別人だと思って改めて見れば、逞しい体躯や整った顔立ちなど、これほどいい男が、自分と共に居てくれるというだけで、感動に胸一杯にもなってくる。


 だけど、寂しい。

 自分から離れておいてなんだけれど、近くに居て欲しい。



「サ、サク……」

「はい?」


 サクは顔をこちらに向けた。


「な、なんでそっち?」

「……。じゃあ姫様がこっち来ます?」

「嫌よ。サクがこっち来ればいいじゃない!」


 ぱんぱんと蠍の甲羅を叩いて言ってから、ユウナは内心、こんなことが言いたいんじゃないのに、とひとり煩悶する。

 どうして「あたしの隣に来て」と可愛く言えないんだろう。

 だけどサクなら、きっと従ってくれる。今までもそうだったのだから。


 ぱんぱん!


 ユウナは、蠍の甲羅を叩いてサクを呼ぶ。


「俺も嫌ですよ」


 だが、ぷいと顔を横にそむけるサクは、従わない。


「な、なんで? 仲直りしたでしょう?」


 拒絶されると、泣きたくなってくる。


「ええ、そのはずですが、姫様はそうじゃないみてぇで」

「どこが!?」

「俺達の今の距離はこれくらいあいてるようなんで」

「じゃあ詰めてよ!」

 どうしてこの口は、側に来てと素直に言えないのだろうか。
 
 
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