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吼える月
第33章 出芽
「テオン、走るな。おいこらテオン、戻れ!!」
海の国に生まれた男にとって、砂は動きに支障をきたすことはない。海辺の砂浜など、湿った砂の方がよほど動きにくいのだ。
乾いた砂を走り回るテオンには、いつもあまり発揮されていない【海吾】の一員として生活する上で子供達に必要だった"基礎鍛錬"が、ここでいかんなく発揮されているらしい。
止まる様子もないテオンに舌打ちしたシバは、片足で大きく跳ね、軽やかに身を翻してテオンの前方に立つと、まるで突進する小さな猛獣を相手にするように、身体を張って正面からぶつかってくるテオンを捕獲した。
「ぶっ!? 鼻、鼻!!」
シバの鍛えられた硬い胸板に鼻をぶつけたテオンは、それで正気に戻ったらしい。
「あれ、いつの間に着いたの?」
シバは答える気はなさそうにため息をつき、テオンの頭を大きな手でぽんぽんと叩きながら、ふと別れた黒陵組のことを思った。
蠍と意思疎通できるらしいユエは、テオンをここまで暴走させるものがあった場所を、「上の層」と言った。
ならば、あの風景をサクやユウナも見ている可能性が高い。
あのうるさい玄武の武神将はともかく、美しい姫の気分が悪くなっていないことをシバは願い、そして自嘲気に笑う。
「あいつの心配性が、移ったのか……」
【海吾】に関する者達しか興味はなかった。とりわけ他国の女など、どうでもいいことだろうに、まるで古くからの仲間のように、離れれば憂慮してしまうことにおかしくなったのだ。
これならまるで、あの姫にべったりなあの武神将のようではないか、と。