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吼える月
第7章 帰還
サラは静かに部屋に戻り、ずぶ濡れになっているサクと姫のために着替えを用意し、今来たような声をかけた。
「サク~、控えの間にいる? あんたの着替えを置いておくわ。姫様の着替えは、姫様が上がったら、呼び鈴ならして。隣室で私が着替えのお手伝いするから」
「お~。さすがはお袋だな、気がきく。実は姫様、長湯でのぼせて倒れちまって、今冷やしてんだよ。大分体温下がって落ち着いたから今部屋に運ぶ。もう着替え頼むわ。俺、その間に風呂に入る」
事実を隠し、泣いていたとは思わせない、いつもの口調で。
今ここで追及したいサラではあったが、どうしても心が痛くなる息子の咆哮が耳から離れず、なにもわかっていないふりをしてサクに従った。
……サクが入浴中に、サラは密やかに、染髪が長持ちする定着液を私室から持ち出した。
見事な黒髪だったはずの、姫の変わり果てた髪色に驚愕しながらも、むら染になっていたユウナの生え際など細部を、返された超高級染め粉で補修し、慣れた手つきと手順で綺麗に乾かしたことで、姫の髪が綺麗に黒く染まったことは、サクは知らない。
そして――。
今し方、私室に備え付けの籐の椅子に座りながら、難しい顔をしたサクの説明を聞き終えたサラは、暫し黙り込んだ。
目の前には床に胡座をかきながら、項垂れた濡れた頭をがしがしとかく息子がいる。
隣の部屋の寝台には、白髪染めにて真っ黒な髪になったらしい姫が眠っている。
サラはなにをどう言えばいいのかわからなかった。
語られたことは信じがたいほど目まぐるしいもので、ただ耳を傾けているだけでも、許容する思考が弾け飛びそうになっている。
「祠官を殺したリュカって……あのリュカよね?」
「……ああ。ウチの風呂入って、明日……いや今日、姫様の夫となって未来の祠官となるはずだった、俺の……」
"親友"
最後はサクの口から紡がれなかった。