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吼える月
第7章 帰還
「なんでもねぇ。それより俺、親父帰ってこないようなら、捜しに行くわ。最強の武神将の力を借りねばなんねぇこともあるし」

「姫様の婚儀には絶対出ると言っていたから、今日にはもう帰ってはくるとは思うけれど……。まあその餓鬼とやらに食い荒らされた玄武殿見て、卒倒するかもしれないわね」

「……帰ってきて貰わねぇと駄目なんだよ、親父には絶対……」


 そんな時、悲鳴が上がった。


「姫様!?」


 サクが血相を変えて隣の部屋に飛び込めば、黒髪を振り乱したユウナが、半狂乱になりながらサクの名前を呼んでいた。


「いやあああああっ! サク、サク――っ!! 行かないで、サク――っ!!」

「姫様!? 俺は姫様の傍にいますよ、姫様!?」

「サク、サク――っ!!」


 サクが抱きしめれば、ユウナはすっと眠りに入り、そのまま無防備にサクにもたれかかった。


 それを見ながらサラは思う。


 姫が必要としているのは、リュカではなく……息子ではないかと。


 確かにリュカに裏切られたこと、祠官が殺されたことは姫にとっては心の傷となっていることは間違いない。

 だからこそ、助けたサクに依存しているようにも思えるが……微睡んでいるとはいえ、姫が息子に向けたその顔にどこか"女"の表情があるように思えるのだ。

 息子の幸せを願うがゆえの、母が見た自惚れた幻影なのだろうか。


「……お袋」


 ユウナはサクに抱きついたまま離れない。

 サクは困った顔を、現在この屋敷の主に向けた。

「仕方が無いわね。同衾に目を瞑りましょう。……だけどサク、姫様に手出ししたら」

「しねぇって!」

「味見も禁止」

「……」

「なにその微妙な顔」

「なんでもねぇよ」

「よろしい」


 サラは知らない。

「……さっきの今で、キツイな……」

 サクが風呂場で自分自身の猛りを鎮めていた事実を。

「……はぁっ。こんなに無防備に、なんの虐めだよ」

 なにやら独りごちながら、悲しげに……だが愛おしげに微笑み、姫と横になるサク。

 切ない表情で理性と闘う息子に、複雑な思いを抱えサラは部屋から出た。

 夜が明けたら、サクの状況が緩和するとは思えなかった。むしろ厳しくなるように思えて仕方がない。

「ハン、どうすればいい?」

 ……サラはこれからを憂い、嘆息をついた。

 
 
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