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吼える月
第35章 希求
「――よし、均衡した! 今だっ、そのまま符陣を壊せ!!」
「え、壊……っ」
「姫様はいいです。シバ、扉を打ち破れっ!!」
そう言いながら、サクはその場で跳ねるようにして、上から拳を符陣に叩きつけて、さらに足で蹴り上げ、とどめとばかりに、赤い柄を広刃で固定させたまま、符陣に突き刺して一気に引き下ろした。
しゅん。
ユウナは、場を覆っていたなにかの空気が喪失したのを悟った。
場にある石扉の表面は、サクによって傷つけられ、そしてサクを見つけても赤い光はもう出ることはなく。
「姫様、大丈夫ですか?」
地面に座ったままのユウナの前で、サクが手を差し出した。
「あれ、サク。なんの模様?」
黒いうねうねとした模様に訝りながらも、サクはただの飾りだと笑って、反対の手を出した。
ユウナはその手を取って立ち上がる。
すごいことをやり遂げた男は、実に爽やかで。
ユウナは抱きつきたい衝動を堪えながらサクを見上げていた。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……なにか言って下さいよ、そんなに俺を見つめないで!」
サクは僅かに顔を赤く染めて、ユウナの頬を引っ張る。
「いひゃひゃ、なれ(いたた、なぜ)……」
「勇敢な姫様のおかげで、この場を乗り切りました」
「あたひはべふに(あたしは別に)……」
「俺が仕えるのが、姫様でよかったです」
ちくり。
ユウナの心に棘が刺さった。
主従関係を結んだことを後悔する気は毛頭ないが、主従関係で自分を見られているのに、心がちくちくするのだ。
こんな優しい目で、こんなに澄んだ目で。
……自分はただの主人なのかと。