この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第36章 幻惑
「テオン、あいつも玄武の力を使い、朱雀の力と拮抗を試みていた」
「え? ここは神獣の力は通用しないんだよね? シバは青龍が降臨したけど、お兄さんの玄武は眠ったままなのに?」
「限界突破だ、未来の祠官。あやつは玄武を降臨させずにして、自らに眠る玄武の力を凝縮して外に放ったのだ。即ちそれは、血よ」
青龍の言葉に、シバが質問する。
「血……というのは?」
「本来武神将から受け継ぎし体内に流れる血は、我ら神獣との契約の証。しかしあやつは武神将になる儀式をする前に既に、その血を目覚めさせ、玄武と契約していたのだ。玄武があの武神将の中に痕跡を留めて、意識なくともあの武神将を守っておる。意識ない時にも己ではなく武神将の身を守ろうとしているのは、どれ程玄武はあやつを気に入ったのか」
「サクちゃんも、イタチちゃん大好きだよ、あ、ユウナちゃんも」
ユエがきゃはははと笑って言う。
「ふむ、玄武が慈愛深い特性を秘めているからなのか、それともあの武神将達が特別なのかはわからぬが、玄武の同胞としては羨ましいことよ」
青龍の言葉で、シバが眩しそうに目を細める。
元々テオンは、黒陵の姫と武神将ほどの神獣に対する愛はなかった。
否、神獣はあくまで自分を遥かに超越した高次元のもの――いわば古の伝説のような存在であり、父である青龍の祠官により畏敬の念なければ蒼陵は滅びると半ば脅されるようにして育ってきたテオンにとって、青龍は祠官になるための信心の対象くらいのものだった。
だから、蒼陵を襲った災害やジウの凶行に、国を鎮守するはずの青龍が音沙汰がなくても、民のように青龍を忘れるのではなく、そんな時ですら青龍はテオンの心に根付いていた。根底として。
それが、『海吾』の長でシバのおじにあたるギルが、捨て身でユウナを逃がそうとしたその心意気に打たれた青龍が降臨した際、初めてひとの内側に存在する神獣の力を目の当りにしたテオンは、どうしていいのかわからなかった。
知識で蓄えてきた……神獣を称える祠官としての儀式や祝詞のような呪文を口ずさめばいいのか、正直狼狽した。