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吼える月
第36章 幻惑
祠官になろうと学んできた数十年が、一度の人智を越えた存在の出現に、役に立たないことを悟ったのだ。
――よう、青龍!
そんな時、他国の武神将だけはやけに馴れ馴れしく声をかけた。
まるで自分が神獣の仲間になったかのような心安さ。
――おい、ラックー!!
それは緋陵に来ても変わらない。
大体、自分の国の神獣を勝手に白イタチにして、〝イタ公〟などと呼んでいるのは彼くらいしかいないだろう。
そして彼が仕える姫にしても、彼よりは礼儀はなっているというのに、根本は同じだ。自国の神獣を首に巻いて、他国の神獣を畏れることはなく。しかも呼び方は〝ちゃん〟付けだ。さすがにひとに宿る青龍には、ちゃん付けでは呼ばないけれど、青龍が小さな蛇のような姿で顕現していたら、わからない。
そんなふたりを見ていたから、自分もシバもひれ伏すことなく、こうして青龍からも気軽に話されているのだと思えば、なんとも複雑な心境ではあるが、神獣は身近な存在なのだと、黒陵の二人組が教えてくれた事実は変わらない。
意識的……ではないだろう、彼らは無意識で自由かつ自然なのだ。
「玄武の無意識の守護力を、あやつは使った。本来その力自体も、玄武の意志なくして外に出ることはないはずだが、それをあやつはしてみせたのだ」
それが即ち、限界突破――。
「玄武の武神将は底知れぬ。さすがは最強と言われた武神将の息子よ。いや、血は関係あらぬか」
「……それはオレに対する嫌味か?」
「ははは、案ずるな。お前も見処があるから、我は降臨したのだぞ」
「勝手に心を読むな」
「シバ……。突然口に出して会話をしない方がいいかもしれないよ。シバはあのお兄さんみたいな、ひとり漫才は似合わないと思うから。ギルもそう。ギルもきっとそれがわかっていて、おとなしく引っ込んでいたんだと思う」
テオンの声に、ユエが笑い、戻った熊鷹も笑う。
シバはショックだったらしく顔を引き攣らせたが、その顔で青龍が笑う。
「はっはっはっ。ひとり漫才か、しばし耐えろよ、未来の祠官。我も外に出ねば、すぐにお前達を守れぬゆえ」
「え、そこまで事態は重いの?」
「……あの石の奥より、嫌な気を感じる。あれは朱雀の属性の力に相違ない」
青龍はシバの顔でそう言い切った。