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吼える月
第3章 回想 ~予兆~
 




 静謐な空気が漂う、玄武殿と呼ばれる屋敷の書庫。

 本しかないこの黴臭い部屋が、ユウナは大の苦手だ。


 それでもここ最近は通い詰めて、やっと慣れた空間になった。

 いつもここに、大好きなひとがいるから。


「あのね、リュカ……」


 笑顔で語りかけるユウナに柔らかな微笑みを見せるのは、中性的な顔容の、すらりとした体躯の白皙の少年。

 黒みがかった赤銅色の髪を、質素な生成りの服の胸元で緩く三つ編みにしている。

 サクと同い年の落ち着いた物腰のこの少年は、サクとは実に対照的な美貌を持っていた。


「本当にサクは凄いな。さすがは成人の部常勝のハン様の長男。サクの勇姿、ユウナから聞いてるだけで興奮するよ」

「でしょう? 優勝した時、あたし大歓声あげたいの必死に我慢してたんだから!」


 自分のことが話題とはいえ、仲睦まじいふたりを見て、その間の位置に胡座をかいて床に座るサクは、ふてくされている。

 今日の主役は自分であり、それをユウナは自慢しにきたはずなのに、ふたりだけの世界のものとなり、自分は完全に疎外されている。

 次第にサクの唇がへの字型になり、貧乏揺すりで足がカタカタと震える。

 両耳からぶらさがる白い牙の耳飾りも、苛立ちの震動で揺れた。


「姫様、俺帰るっ!」


 耐えきれずサクは立ち上がった。


 面白くない。

 全く面白くない。


 少し前まではユウナとふたりだけの空間にいて、共に同じ空気を吸い、呼吸をしていて、ひとつになる悦びに心躍らせていたというのに、彼女はリュカに合うと、サクを忘れたように完全放置する。

 どんなに怒りめいた顔をしていても、どんなに苦しげな顔をしていても、どんなに切なげな顔をしていても、リュカと一緒のユウナは、まったくサクの様子に気づかない。

 リュカがいない時は、母親のように小うるさく、何でも目聡く自分の変化を見つけてくれるのに。


 リュカの前では、サクの知らない女の顔になる。嬉しくてたまらないという、艶めいた顔になるのだ。

 ……その顔を、自分に向けて貰いたいのに。
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