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吼える月
第36章 幻惑
圧倒的な身体能力の差。
昔は泣いて自分の後ろに隠れたというのに、今ではどんな困難でも突破して、逆に自分を弱きものに扱う。
「姫様、身体の重心のかけ方をちゃんとすれば、すたすたいけます。怖がらず、足を踏み出した時にすっと前に」
サクはさらりと簡単に言うが、ユウナだって色々と試しているのだ。
馬鹿のサクに出来て、自分に出来ないから余計悔しい。
「しかし……、親父の仕掛けた罠の時の方が酷かったな」
「ハンの罠? どんなもの?」
サクは遠い目をして思い出しながら、ユウナに語った。
あれは二日間飲まず食わずで、ふらふらしながらハンの仕掛けた罠を回避して、全力で逃げ回っていた時のこと。
なぜか家の中に深くまで掘られた穴があり、穴の底には武器が、よく研がれた鋭利な刃を上にして、所狭しとばかりにみっちりと縦に置かれていた。
そして穴の上には一本の細い綱。
渡りきったところに、食事がおかれてある。
そして真ん中あたりには、天井からつり下がった大鎌が、サクが足でひっかけたことで鳴り響いた鈴の音を合図に、振り子のように左右に揺れ始め、少しずつ綱の繊維を掠め切っていったのだ。
早く進まねば食事を取れない。
食事を無視して別の道を進むことも出来ないこともなかったが、食事をとらずして進むのは、成長盛りの子供の身体には限界だった。
綱に足を乗せれば弛み、刃先にまで綱は下がってしまうばかりか、大鎌が少しずつ綱を切っているのだから、長く綱の上にいるということ自体、いずれかは落ちて刃に身体を貫かれる危険が高くなる。
つまり綱の特性を考えながら、最短で最適な渡り方をしなければならない。