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吼える月
第36章 幻惑
テオンは混乱した。
せっかく会えた仲間に、なぜ冷静沈着なシバが刃を振るうのか。
どう見てもサクとユウナだ。
白い牙の耳飾りを揺らして怯えるユウナを片手で包むようにしながら、脅威の身体能力でシバの太刀筋を躱せるのは、サクしかいないじゃないか。
「シバ、目を覚ませ!!」
「シバ、やめて!!」
しかし、シバの攻撃の手は緩まない。
このままだと、神獣がひとつ玄武に一番近いところにいる、黒陵国の武神将と姫が、蒼陵国の青龍に認められた武神将の息子の手によって、殺されてしまう。
志をひとつにした、友であり家族である倭陵の担い手達が殺し合う――それはテオンにとっては、命を賭しても回避せねばならないものだった。
これでは、緋陵で家族を殺したヨンガなみの悲劇だ。
なによりテオンは、サクとユウナが大好きだった。
ふたりを死なせたくない。
他国を守るために、全力を尽くしてくれたふたりを。
そしてそれは、シバも同じ気持ちだと思っていたのだ。
ふたりを好ましく思うから、ギルの元以外、いつも一匹狼で孤立していたシバが、わざわざ緋陵についてきたのだと。
「駄目だ、シバ!!」
しかしシバは聞く耳を持たない。
テオンは唇を噛みしめた。
この狂った戦いに、テオンの鳩尾がキリキリと痛み、口から血が出てきそうなほどに辛い。
どうしたらシバを目覚めさせ、止めることが出来るのだろう。
荒れ狂ったように刃を振り回すシバを止める武力は、テオンにはない。
シバを止めることが出来ると思われるサクは、制止や逃げ回るだけではなく、今度は赤い柄から剣を取り出して、攻撃に転じてしまっている。
悲劇が、近づいている――。