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吼える月
第36章 幻惑
するとユウナはテオンに向いて、悲壮な顔で言う。
「皆で細い道を進んでいたんだけれど、強風が横から吹いて皆で落ちそうになって。サクがかろうじてあたしを助けてくれたけれど、ラックーちゃんとイタ公ちゃんは溶岩に落ちちゃったの。助けられなかったの……」
泣きじゃくるユウナを見て、テオンは訝しげに目を細め、そして言う。
「玄武も朱雀も……ううん。ラックーとイタチが溶岩に落ちたのなら、なんでお姉さんとお兄さんはここにいるのさ!」
そうか、これが違和感の正体だ。
彼らが仲間をつれずに、ふたりだけで現われたことに。
「テオンは、あたし達が溶岩に落ちればよかったと思っているの!?」
ユウナが泣きながら叫ぶ。
「少なくとも僕が知るお兄さんとお姉さんなら、自分がどうなろうとも、仲間だと思う存在を助けるはずだ。必死に」
他国である蒼陵で、彼らは餓鬼やら銀や金の猛攻に逃げ出すことなく、守るための攻撃に動いた。
神獣の力を持たないユウナですら、餓鬼から子供達を守ろうとした。
その心に、ギルを通して青龍が降臨したのだ。
「本当のお兄さんとお姉さんなら、ラックーと白イタチを助けるために溶岩に落ちるよ。自分から」
テオンは鋭い声で言い切った。
「だから。仲間を見殺しにするお前達は、お兄さんとお姉さんじゃない」
このふたりは幻だ。
「テオン、あなたまで狂ったの!?」
嘆き悲しんで興奮して泣いているその顔は、どこからどう見てもユウナのものだけれど、それは真実ではないと看破すれば、歪んで見えてくる。
……ユウナはこんなに弱くない。
彼女はどんな苦境でも泣きわめいて崩れて終わりではなく、折ろうとしても折れない、歪めようとしても歪まない、凛とした芯がある。
それは、テオンが中途放棄してしまった、国の長の子という自覚に起因するだろう。ユウナは生まれながらにして、一国の主の娘であり気高い姫だった。振り返ればそれは、ユウナが苦境になればなるほどに発揮している気がする。
……いつもは世間慣れしていない、馬鹿と定評があるサクより時にぼけぼけとした、のほほんとした明るい姫なのだけれど。