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吼える月
第36章 幻惑
「シバ、どうしたんだよ」
テオンは嫌な予感を感じる。
自分の弱みにつけ込んでサクとユウナの幻影が不和をもたらしたのだとしたら、シバの弱みとはなんなのだろう。
「やめろ、サク……っ」
「シバ? お兄さんはもう消えたんだよ!?」
消えた幻影が、シバの前に現われているのだろうか。
テオンはシバの腕を揺さぶって、ふたりはいないと声を上げるが、シバには届いていないようだ。
「ユエ、笛を!!」
「駄目」
ユエはテオンの言葉を却下した。
「さっきの……サクちゃんとユウナちゃんの姿をした邪気が強い瘴気となって、シバちゃんの身体の中に入り込んで一体化をしようとしてる。ユエの笛は、ただの邪気か、瘴気で魔物になったのしか効かないの!」
「だったら、シバの明らかな異変を見過ごせと!?」
「テオンちゃん、ふたつのうちのひとつだよ。シバちゃんが瘴気に囚われて魔物化し始めた時か、シバちゃんが自力で瘴気を身体の外に押し出した時か。その時じゃないと、ユエの笛は効かない」
「一時でも、シバを魔物になんかさせたくないよ!」
シバの腕を触ろうとすると、ばしっとなにか電撃にでも弾かれた感覚に、テオンは声を上げて手を摩る。シバがどす黒い光に覆われているような気がして、テオンは強張った顔をした。
「なんで急に瘴気が。……まさかさっきのふたりの幻影が関係しているの?」
「多分そうだよ。あの幻影は攪乱するだけが目的じゃない。シバちゃんと戦いながら少しずつシバちゃんに瘴気を植え込んでいたのかも。そして消えたと見せかけて、するっとシバちゃんの中に入り込んだのかもしれない」
煙のように、ユエはそう続けた。
「青龍がいなくなったから、シバの身体に瘴気が入り込んだということか。シバ、がんばってお前の力で瘴気と戦ってはじき出せ!」
「やめろ……、サク、やめろっ!!」
シバはなにを怖れているのか、テオンにはわからない。
だがわかることがあるとすれば。
「――ユウナに触れるな、抱くんじゃないっ!!」
……彼の恐怖は、シバが心から大切にしているものを穢されることだ。
彼が自覚していようが、自覚していなかろうが。