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吼える月
第36章 幻惑
「やめろ、やめろんだっ!!」
シバは、目の前の光景に、心臓が抉られるような衝撃と痛みと息苦しさを感じていた。
目の前で、口づけをしながら絡み合うサクとユウナの光景に。
サクがユウナに惚れていることは、初めて会った時から知っている。
サクはあまりに一途で、わかりやすかった。
最強の武神将の息子に産まれて、恵まれた体格と血筋を受け継ぎ、まがりなりとも黒陵という一国の武神将を名乗っているのに、いまだ年下のユウナの手綱を取れないあの腑抜けな体たらく……だからこその〝馬鹿〟。
姫だけが中心のあの単純極まりない馬鹿は、きっと姫から死を賜うまで、命を賭して戦い続けるだろうことも、容易に想像がついた。
そしてユウナもまた、サクとふたりだけの特別な絆を当然のものとして、彼女の目も心も、サクだけに向いていることもわかってはいた。艶めいた女の色香を立ち上らせるのは、決まってサクに関する時だ。
サクに関する時だけ、ユウナは女になり、そして命を賭ける。
ユウナがサクをどう思っているのかなど、最初からわかりきっていた。
ユウナの髪の色が自分のように光り輝くもの……それだけで他にはない存在だったユウナが、子供達の集団ですら馴染めないシバにも、怖れることなく優しく声をかけてくれたから。……シバが大事に思っているものにも、命を賭けて守ろうとしてくれたから。
ただ、それだけだったのに。
気丈で強気で、だけど本当は弱くて、周りに心配かけまいとして強ぶっているだけの優しい女。
蒼陵から金を撃退して守った子供達が、敵対心を抱いていた大人に駆け寄る様を見て、自分の存在意義を無くしたことに気づいた。
なにもない自分は……表向きはごちゃごちゃと理屈ごねたものを皆にも聞かせたが、自分の存在意義とユウナが限りなく自分の近くの存在に思えたから、否、思いたかったから、だから共に旅に出ようと思ったのだ。
サクのようになりたくて。
強さも、ユウナに必要とされることも。
サクのように、ユウナを守りたかった。