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吼える月
第7章 帰還
誰もが、黒陵国内で起きた悲劇を知らない。
玄武殿で起こった謀反も、餓鬼が国内に雪崩込んでいることも。
華やかな色とりどりの花で飾られていく黒崙。
昨夜までの葬式のような陰鬱な空気は、住まう人々の嬉々とした明るさで吹き飛ばされ、新たなる幸福の象徴として婚儀を執り行う姫を祝う。
姫の境遇を知らずして、未来の黒陵を担う夫を祝う――。
現実は辛辣で、和やかさの欠片もなく。
――さあ、姫様。覚えてらっしゃいます? 昔私が作った鶏粥、サクとおかわりして召し上がられましたよね? 私、腕を振るいましたよ。たぁんとどうぞ?
おいしいはずの食物の味は消え――、
――姫様、いいんです、お袋の味が口に合わなかっただけですよ。大丈夫です、無理せずにゆっくり吐いて……大丈夫ですから、姫様。
生きる為の体に、受け付けないものと成り果てていることも。
――ちょっと、待て待て、お袋待て!!
――問答無用、サク――っ!!
どんなにサク達親子が陽気に振るまい、ユウナに少しでも元気を取り戻させようと、滑稽な母子喧嘩を繰り広げていても……、ふたりが仲がよければよいほどに、逆にユウナに空々しく感じさせることになり、彼女に孤独感を植え付けた。
サクには温かい家庭がある。
サクには帰る場所がある。
それに対して自分は、すべてを失った。
苦痛を引き摺り、それを過去とは出来ぬ……国に仇為す"異端者"となりはてた――。
凶々しい銀の色に染まり、かつての……生来の色こそがまがい物となった、逆転された現実において、どこにも"姫"としての価値はなく。
それでも生きながらえているのは……サクが居るから。
サクに依存することで、寄生するようにして生きている……。
ユウナの心は晴れることはなかった。