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吼える月
第36章 幻惑
 
 小さい頃から、サクと手など何度も握っている。
 もっと際どいことだってしている。

 今さらだ。
 今さらなのに――。

「あ、危ないからよ。ふ、深い意味はないんだから!」

 サクの手を離したくない。

 ユウナもぎゅっと握り返すと、今度はサクがびくりとして躊躇った後に、ユウナの指に自分の指を絡ませた。

「い!?」

「なにか!?」

「なんでもないです!」

 暗闇での大声は、照れを隠すためのもの。
 
 声や言葉よりも、欲しいのは互いの熱。
 暗闇が欲を大きくさせ、大胆にさせる。

 サクに触れたいユウナと、ユウナからの歩み寄りが嬉しくて仕方がないサクが、初々しくも不器用に繋げた手に向けて――、

『ばへぇっくしょぉぉぉぉん』

 後ろから飛んで来る、お約束が邪魔をする。

「……」

「……」

 べちょりと、ふたりの握った手に冷たくて粘着質のなにかが張り付いた。

「……お前、狙っているのか?」

 どうしてよりによってそこなのだと威嚇するサクだったが、不快な鼻水に塗れながらもユウナは手を引こうとしなかった。
 
 そしてサクもまた、手を握ったまま、汚れた部分を自分の服で拭き、ユウナを離そうとしない。

『鼻が疼くな』

「鼻栓をしてやろうか、ラックー」

 きらりと目を不穏に光らせるサクに、ラクダは震え上がりながら言う。

『そ、そういう意味ではあらぬ。ここはさすがに灼熱の砂漠の中。風は吹いていないが砂が空間に舞っているせいで……』

「待てよ。どこが灼熱の砂漠? 砂が舞っている?」

 どう見てもここは暗闇だ。
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