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吼える月
第36章 幻惑
『なんと。おぬしはこの砂漠が見えぬのか?』
「逆に俺が聞きてぇよ。ラックーはこの暗闇で寒い中、別の光景が見えているのか?」
「いや、別の光景というよりこれが普通の景色ではあらぬのか? もう少し先に淡水と、果物が実っている木がある場所にでる。それも見えぬか?」
「見えねぇって」
だがサクの鼻は、甘い果実の香りを感じている。
サクの耳は、なにかの水が落ちる音を感じている。
ラクダの五感と相違するのは視覚と、肌が感じる温度。
「姫様はどうですか? なにか見えます?」
「ううん、真っ暗よ。それに水滴が落ちる音と、甘い香りがなんだか強くなっている気がする」
「ですよねぇ。これは動物の目を信じた方がいいのか、人間の目を信じた方がいいのか」
『我は、動物ではあらぬ! 神獣朱雀なるぞ!』
その場で飛び跳ねているらしい。
蹄の音が鳴り響き、サクは訝しげに目を細める。
「砂漠なのに、なんで蹄の音が鋭く聞こえるよ」
「え、あたしはぼすっぼすっとしか聞こえないけど?」
「え?」
見ているものがラクダとは違う。
聞いているものがユウナとは違う。
どれが真でどれが偽だ?
闇の中、取る術を亡くした場合は、なにか場面を進めればいいということをサクは本能的に感じていた。
進んだ場面が罠であったとしても、その選択肢は確実になくなっていく。
そして残ったものが真実となる――。