この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
吼える月
第36章 幻惑
「さて、ゲンブ……さん」
ユウナは、子供や動物以外の人間に呼称はつけないのだが、この男は黒陵国の神獣である玄武と同じ名前なものだから、呼び捨ては憚られる。
「あなたはこの砂漠の迷宮から、どうすれば違う場所に出られるのかご存知?」
「ここは砂漠ではあらぬ。ひとの想いが作りだした異空間ぞ」
なんだかこの男の喋り方は偉そうで、しかも年寄り臭い。
こんなに美しくてまだ若いのに、残念だわ……と思いながら、ユウナは尋ねる。
「なればこそ、責めの刻に縛られている我は、空間を繋げて姫の元に顕現出来たのだ」
しかも誰かの口調によく似ている。
「よくわからないわ。逃げ出してここに来たということ?」
一体誰だったろう。
「否。我が身は想念なれど、逃げることは叶わぬ。我は盟約を破りし罪の罰として、責め苦を甘んじて受けねばならぬのだ。然れど我の力がある小僧の耳飾りが……」
「わかったわ。あなたラックーちゃんね!」
男の言葉を聞き流し、男の正体はラクダだと看破した気になって笑顔のユウナとは対照的に、男は嫌悪感を丸出しに、美しい顔を歪ませる。
「なぜに我が、あの奇っ怪な生き物だと!? 我は神獣玄武、あの短気で浅知恵の神獣朱雀ではあらぬ!」
シンジュウ家に、ゲンブだけではなくスザクまでいるらしい。だとすれば、倭陵において正しい綴りは、ゲンブ=シンジュウとなる。
「ふふふ、ではビャッコ=シンジュウや、セイリュウ=シンジュウもいるの?」
「然り。我らは四神獣なり。然れど姫よ、神獣名は後につけよ。なにか……間抜けに聞こえるからな」
「まあ、あなたの一家はシシンジュウとも言うの?」
ユウナのキラキラとした眼差しを受けた男は、この姫が理解していないことを悟る。これは言えば言う程に、話が曲がってしまうと判断し、コホンと咳払いをして言う。
「姫よ。我は異邦人ではあらぬ。姫の生まれ育った黒陵を鎮護し、姫が祈りを捧げる神獣玄武ぞ」
「うふふふ、面白い冗談を言うひとね、ゲンブさん」
ユウナはまるで、信じていない。