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吼える月
第36章 幻惑
「……人型で顕現したのは我の誤りだったか。もっとこう驚くと思うたのに、それなら小僧の方が……。なぜに姫の頭は、我の甲羅のように堅いのだ」
「???」
ぶちぶちと独りごちる男に、ユウナは小首を傾げる。
「まあそれなら、ゲンブサンでもよい。よいか、時間無きゆえ、手短に話す。今小僧と、我が盟友青龍が選びし武神将の息子が窮地に陥っておる。青龍の未来の祠官は不思議な力があるゆえに、かろうじて影響下からは逃れておるが、時間の問題」
ユウナは目をぱちぱちと瞬かせた。
まるでこの物言いは――。
「このままだと、小僧の叔母であるヨンガの術中に全員が命を落とす。さらには我ら神獣の守りが薄いことをいいことに、小僧の中におる〝奴〟がヨンガの術に乗じて力を伸ばし、皆を食らおうとしておる。だから我は――」
「ねぇ、まさか……イタ公ちゃんってことは……?」
「姫! 今、我の説明を聞いておったのか!?」
「ねぇ、教えて。イタ公ちゃんなの? 姿が消えたのは、その姿になったから? イタ公ちゃん、今は無事なのね?」
すると男は口元で笑い、頷く。
「然り。我は小僧が名付けたイタ公とも呼ばれ、姫の首で襟巻きになっていた……黒陵の神獣玄武なり。今ひとたび、姫の前に人型で参上した」
「イタ公ちゃん……」
ユウナは感動に目を潤ませて胸を詰まらせたが、はっとして慌てて男の前に座り、両手をついて頭を垂らした。
「これは大変失礼をば致しました。度重なる非礼を、どうぞお許し……」
「畏まらずともよい。幾度も危機を乗り越えてきた仲。しかも我が認めた未来の黒陵の祠官ぞ」
「……っ」
「一度そなたに、そなたと同じ人型で言いたかった」
「なんでしょうか」
「守ってやれず、すまなかった。それは我の悔いぞ」
「……っ」
悲哀と憐憫に満ちた目と声に、ユウナは唇を震わせた。
「辛さを力とし、小僧と手を取り、よくぞ生きてくれた。これからも忘れるな。どんな姿になろうとも、いつでも我は、慈愛深く気高き姫と共に在る。姫の行く末を共に見ておる」