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吼える月
第36章 幻惑
ユウナの目の奥が熱くなる。
思い返せば、ここに来るまで色々とあった。
泣いて苦しんで、絶望して。
死んでしまいたいと思ったこともあった。
それでも……負けるものかと、前を向いた。
自分が生きるために犠牲になったひと達の想いに、胸が潰されそうになりながらも、歯を食いしばって前を見続けた。
自分がこうして今も生きているのは――。
「それは、あたしひとりの力ではありません」
――姫様。
「サクがいたから。サクが全身全霊で守り、時に怒って時に笑い時に泣きながら、あたしを生かすために、命を捧げようと献身してくれたから。……愚直なほどに誠実で、そして慈愛深く、あたしにとって……、心から愛おしいひとがいるから、あたしは生きていられます」
顔を上げて玄武を見つめるその眼差しは迷いないもので、そして同時に女としての情を湛えている。
それを見た玄武は、慈愛深く美しい微笑を顔に浮かべて言った。
「それは、直接小僧に言ってやれ。 あやつも幾度も限界を超えてここまで来た。それくらいの褒美があってもよかろう。……まあ、小僧に降りかかっておる邪なるものを破らなければ、直に言うことも出来まいが」
「邪なるもの?」
「本当に我の言うことを聞いておらなんだな」
玄武が苦笑すると、ユウナは縮こまってか細い声で謝った。
「いや、よい……と言いたいところだが、こうして姫と見(まみ)える時間は、もうないようだ」
玄武の手が一瞬、陽炎のように揺らいだ。
驚きに目を瞠るユウナの前で、玄武は刀を片手で携え、砂漠しかない空間でそれを振り上げた。
「ならば話よりもまず、姫をここから出してやらねば」
「出ることが出来るのですか?」
「我は四神獣がひとり玄武。我が盟友朱雀と拮抗せし我が力、ひとが作りし呪い如きで封じられるとでも思うか!」
途端、大刀は淡い水色の炎のように外側に揺らめく光を纏い、
「破――!!!」
地を裂くようなかけ声と共に刀が振り下ろされた瞬間、ぶわりとした大きな衝撃波が暴風のようにユウナの体を駆け抜ける。