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吼える月
第7章 帰還
シェンウ邸の貴賓室――。
ハン自慢の武具や、その武勲によりユウナの父親たる祠官から授けられた勲章や装飾品、武闘大会の優勝杯などが飾られている、名誉に覆われた煌びやかな部屋だ。
昔のユウナはこの部屋がお気に入りで、湯浴みの後はここに入り浸り、目を輝かせながらハンから説明を聞いていたものだったが、今はまるで興味を示さなかった。
澱んだ目を、閉めきられた窓の外に向けている。
「姫様、お散歩しましょう」
突如パチンと手を叩いて提案したのは、サラだ。
「家に籠っているのは精神によくないわ。気分転換が必要よ。今日はお祭りが開催される予定だから、面白い催しもあるはず」
それは、ユウナとリュカの婚姻を祝うためのものであったが、辛くても現実に飛び出して前を見ないと、ユウナのためにならない……。
サラはそう思ったのだった。
「しかしお袋、黒崙の民は姫様の顔を知ってるんだぞ? 婚礼の飾り付けをしている最中に、本人が現れたら……」
「どうせ婚礼は中止になるんだし、気になるのなら布で顔を隠せばいいわ。そうね、顔に傷を負った遠縁の子が、湯治に来たということで、私が連れて街を案内していることにすれぱ問題ないでしょう? 護衛のあんたが、意味ありげな少女と歩いて居たら、顔を隠していても一目瞭然……」
そこで言葉を切ったのは、屋敷の外が突如騒がしくなったからだ。
人々のざわめき。
複数の馬の音。
この屋敷の前で、馬の足音が止んだ。
慌てる使用人の声と、荒々しい怒鳴り声が聞こえる。
これは……。
嫌な予感を感じたのは、サラだけではない。
サクの目もすっと警戒に細められ、不安気にしているユウナを勇気づけるように、片手に抱く。
「奥様、サラ様――っ!!」
その時、バタバタと足音がして……若い下女が駆け込んできた。
サクはユウナの顔を見られぬように、背中に隠す。
「皇主の……近衛兵が屋敷を改めたいと。その……サク様がおられるのなら引き渡すようにと……!!」