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吼える月
第7章 帰還
サクの家には古参の衛士も知らぬ、外に通じる幾つもの抜け道があるが、普段それは誰にも近づかぬ場所に巧妙に隠されている。
それはすべてハンが幼いサクの怠け癖や逃げ癖の矯正と生存本能の鍛錬を兼ねて、誰の手も差し伸べられぬ場所に閉じ込めては、サクが生延びるための野生の勘を養わさせるものに作ったものだ。
ハンが作ったのは抜け道だけではない。
時間がかかりすぎたり不正解であれば、飢餓感を感じるより前に、サクを追いつめる武器や罠が容赦なく飛んでくる。
サクが自力で脱出するまで、たとえサクが熱を出していてもサラにも手出しをさせなかった厳しいハンの期待通り、サクはいつも泣きながらでも意識朦朧としてでも、必ず生き抜いて出てきた。
そうしてハンは、サクがいついかなる状態であろうとも、生き抜ける術をまだ小さかったサクの体と潜在意識に叩き込んできたのだ。
成長してからは昔ほどこうした鍛錬は必要なくなったが、今でもたまに夜中ににやりと笑うハンが夜襲をかけにきたりして、おちおち寝てもいられない。
「……随分と沢山のお仲間引き連れて、人様の家を勝手に家捜ししてくれてるようですね。こりゃ……家の中が大変だ……」
窓から屋敷の外に出たサクは、屋敷の物陰からあたりの様子を観察していた。
この敷地内のあちこちで、近衛兵の影が見える。
「サク……サラを助けに……」
「いや、俺が大変に思うのは、お袋の怒りを受ける羽目になる、あいつらですよ。お袋は礼節を重んじるもんで……ああ、ほら」
サクが先に促したのは、聞こえてきたサラの怒声。
「無礼者っ!!! それが……武人のすることかああああっ!!!!」
続けて、男の絶叫があがる。
ひとりふたりの声ではない、大合唱だ。
なにが起きたのかと、近衛兵達が一カ所に動く――。