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吼える月
第37章 鏡呪


 
「シバに巣くう魔よ!! 神獣青龍の威光に怖れをなせ!!」


 テオンだけに与えられた天賦の才、幻影の力の発動だった。
 
 空間に重なるようにして拡がる、揺らめく海。
 青龍の息吹を見せる、故郷の海。

 ざざーんと、音をたてて波打つ広大な海。

 
 思い出せ。

 蒼陵に現れた青龍の偉大さを。
 

 思い出せ。

 自分にはない、青龍の力を放ったシバを。


 魔が神獣を怖れるのなら、神獣を作りだしてやる。

 それがたとえはったりであろうとも、自分の力がすべてのこの世界だけでも、青龍の力を身に纏おう。

 神獣の力には及ばずとも、似たものは作り出せる。


「いでよ、青龍――っ!!」


 海から飛沫を上げて空高く駆け上がったのは、テオンがかつて見た、過去の残像――。


 覆え。

 シバの苦しみを。

 シバがもう二度と悲しまぬよう、青龍は常に傍にいるのだと。
 青龍は、すべてを包括出来る心の広さがあるのだと。


「青龍の武人将の息子よ。汝が心許すものは我か、それとも魔か」


 テオンの言葉が青龍となり、低い声は空気を震わせた。


「怖れ戦くではない。我はいつも汝と共に――」



 一閃――。




「――笑止!!」



 青龍ごと幻影を切り裂いたのは、シバだった。


「たかが幻で、我を抑えられるとでも思ったか」


 それはシバとは違う、おどろおどろしい低声。


「神獣の力も持たぬ〝まがいもの〟は、所詮すべてが偽りにしかすぎぬ」


 テオンは、悔しさに涙を零した。


 自分如きでは、魔を抑えることが出来ないのか。

 自分は、役立たずの無能で、蒼陵の祠官になるなど恥知らずで。


 それでも――。


「戻って来い、シバ!!」


 自分が人間である限り、シバと苦楽を共に過ごしてきた仲間である限り――自分は叫び続けよう。

 すべてが偽りであろうとも、この自分の声は真実なのだから。
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