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吼える月
第7章 帰還
ふたりは共に人目を忍ぶように裏道を歩く。
ユウナはサクの上着で頭を隠しているだけに、傍目では完全なる不審者だ。
「お~、近衛兵がいるわいるわ。散歩はもう少し落ち着いてからにした方がいい。今はここで、あいつらを見てましょう」
"ここ"――とは、饅頭屋と花屋の間の小道。
それぞれの出店が、裏に潜むふたりを隠す絶好の場所だった。
「ここは大通りの死角。向こうからは気づきにくく、こちらからは見えやすい。俺、あまりに昔からここに逃げすぎて、親父や親しい奴らはすぐに見つけにきましたけど。ほい、姫様。ほかほか饅頭です」
サクが主不在の屋台から、湯気をあげる饅頭を鷲掴み、ユウナに渡す。
「サク、お金……」
「お代は人使いが荒い主人に、肉体労働にて先払いしてるので、気になさらず。ほら食べてみる。この饅頭は絶品ですよ」
無理矢理食べさせられたものの、あまりの美味しさにユウナが声をあげると、サクは笑いながら、自身も饅頭を頬張った。
黒崙は揺籃に比べれば土地の大きさは半分ほどしかなく、田舎臭い。
洗練された華やかさはないが、街長やハンのもと、一致団結する住人達はきさくで大きな家族のような温かみがある。
心に傷を負ったユウナにとって、黒崙の民の優しさが救いになって欲しいと願いながら、サクはユウナを気遣いながら周囲に目を光らせる。
色とりどりの花で彩られ、盛大な祭りの風体をなす街のあちこちには、場違いな物騒な近衛兵が立ち、重苦しい空気に包まれていた。
近衛兵は、住人になにやら聞いて廻っているようだ。
ただ不思議なことに、住人は皆ばらばらの方向を指を指し、担当の近衛兵がそれにつられるように顔を向け、そして近衛兵はそれぞれ走り去る。
「なにをしているのかしら……」
「俺がこの街に居るかどうかわからないのに、俺をあっちでみかけた、こっちでみかけたと出任せを言ってくれてるんだと思います」
それは滑稽な風景だった。
重厚な鎧を身につけた兵士が、丸腰の無力な住人の指一本に翻弄される様は。
「姫様、あれこそ"お猿さん"ですよ。猿回しの住人達の示す方に、素早く反応して飛んで行く。最強の武具を身につけたとて、まるで無意味。親父がここに居たら、すっげぇ笑い転げてますよ」
サクもまた、肩を揺らして笑い転げた。