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吼える月
第7章 帰還
「なんで皆はそんなことを……」
「……信じてくれてるんでしょうね、俺が"光輝く者"を連れて、倭陵を滅ぼそうとしているはずはないと。それにこの街はこんなに平和だ、凶々しい予言が成就されているはずはないと思って笑い飛ばしてくれているんでしょう」
「サクが連れた……光輝く者……」
ユウナが沈痛な面持ちで、黒髪を一束手で握った時だった。
……さらに慌ただしく馬に乗った近衛兵がやってきて、一度引き揚げるように、点在する近衛兵に大声で指示を出し始めたのは。
そして、街に鳴り響く……街長からの招集命令を告げる鐘の音。
ガラン、ガランとそれはけたたましく鳴り響き、住人達が困惑したように家から出てきて、街長の屋敷に向かう。
サクの表情は硬かった。
「姫様の婚礼中止ぐらいでは、この鐘は鳴らない。鳴るのは……街の存亡がかかった時だと、聞いています」
「存亡……?」
「はい。……なにか嫌な予感がする……。……俺達にとって、悪い知らせのような……」
ガラン、ガラン、ガラン。
その音は、ハンによって培われたサクの生存本能が鳴ら、警鐘の音のように……サクには不吉に感じられたのだった。
「……餓鬼でも攻め込んできたのか……。或いは玄武殿の有様を知ったのか……。それとはまた別の……」
突如目を細めたサクは、サラから貰った小太刀を大きく振って後ろを向いた。
握った赤い鞘から断続的な刃が飛び出て、長刀のようになる。
鞘にみえたものこそが柄となり、強く振ることで内在する刃が飛び出て、多節棍(こん)のように五節に曲げたり、ひとつの刃として固定することもできるこの特殊な武器は、武芸に長けていなければ取り扱いが危険だからと、サクには使わせなかった……かつてサラが愛用した武器でもある。
ただサラの昔語りのみの知識と勘で、サクは長い刃として固定させ、背後から近づく者の首筋に刃先を向けた。
「サ、サク……」
引き攣ったような声を出したのは、女。
驚いて怯えているその顔は――。
「あた……」
自分だと言おうとしたユウナの口を手で押さえたサクは、ユウナとは別の名前を呼んだ。
「なんだ、ユマか。驚かすんじゃぇよ」
親しげに――。
それはユウナと瓜二つの顔を持つ少女だった。